第14話 頼られるのは悪くない
あれから琴音さんは少し変わった。
俺がいる前でも感情を表に出すようになった。
それと、どうもあの髪型が気に入ったらしく、
家の中だけだが髪のセットを頻繁に頼んでくるようになった。
おかげで琴音さんが笑顔を見せる回数が格段に増えた。
頼ってくれるようになった事で、忙しさは増したが、悪い気はしない───むしろ今の方が気を使われていないとわかるので居心地が良い。
そんな琴音さんもまだ、学校ではかっこいい桜崎琴音を捨てられずにいる。
新しい一面を知れたからか、学校での琴音さんは無理に演じているように見えて仕方ない。
そりゃあ疲れるよな、と初めてちゃんと彼女の気持ちを知った気がした。
そして、そんな俺は今───琴音さんの部屋にいる。
「それで、どうかしら?」
「どうかしらとは?」
どうしてこうなったのか、それは朝の事だ。
※
今日は休日であるため、朝はゆっくり寝ている。
俺は洗濯物など、やらないといけないことがあるので、8時には起きているのだが、三人が起きていることはない。
たいてい琴音さんが最初に起き、残りの二人は寝すぎるので俺が起こしに行く。
起こさないと昼までは寝ていそうだからだ。
だが、今日は珍しく10時になっても誰一人起きてくる様子がない。
いつもこの時間に残りの二人を起こすのだが、琴音さんはどうしたらいいだろう。
部屋に入っていいのかが分からない。
今まで掃除ですら、彼女の部屋に入れてもらった事が無いのだ。
頼られるようになったとはいえ、勝手に部屋に入っていい理由にはならない。
もしかしたら、男を部屋に入れること自体が嫌かもしれないのだから。
それなら、二人のどちらかに頼んで起こしてもらうのが安全だろう。
一応ノックだけはしておこう。
もしかしたらそれで起きるかもしれないからな。
俺は2階に上がり、琴音さんの部屋をノックした。
中から返事は返ってこなかった。
どうやら寝ているらしい。
色々あったし、疲れてるのかもな。
そう思い、俺は一度部屋を立ち去る。
そして美穂さんの部屋をノックしようとした、時だった───
ガシっと俺の腕を誰かが掴んできた。
俺は驚きその方に視線を向ける。
「琴音さん!?」
「ちょっと来てちょうだい」
そう言って俺を引き摺るかのように引っ張り、琴音さんの部屋へと入った。
俺は何がしたいのか分からず戸惑う。
俺は視線を動かし、琴音さんの部屋を見回す。
凄いな。
見ただけで分かる女の子の部屋だ。
琴音さんの部屋に置いているものは、ほとんどがピンク色だ。
少し悪いが初めて自分の部屋を貰った小学生くらいの女の子がデザインしたような甘さと可愛さに全振りした部屋となっていた。
「あまりジロジロみたいでくれるかしら。少し恥ずかしいわ…………」
そう言って琴音さんはベットに足を丸めて座った。膝で顔が少し隠れており、表情が読みずらい。
相当我慢し、恥を忍んで頼んできたのだろう。
「それで、どうかしら?」
「どうかしらとは?」
「この部屋を見てどう思うか答えて欲しいの」
「そうですね…………可愛くは、ありますよ」
何かやりすぎ感は否めないけど。
「やっぱりそういう反応よねぇ……………」
そう言って琴音さんはため息を吐き、沈んだ顔をした。
「私、ほんとの意味で自分の部屋を持ったのはこれが初めてなの。実家は親とか家政婦さんがよく出入りしてたから思い通りの部屋には出来なかったのよね。そのせいか、いざ自分の部屋を持ったら調子乗り過ぎちゃって、二人に見せた時、ちょっとだけ引かれたのよ……………」
「それは…………ご愁傷さまです」
何と言うかこの人、すごい不器用だな。
このレベルで甘ったるい部屋はさすがに自分も落ち着かないだろうに。
可愛さへの愛の重さが普通とは大分違うんだな。
「でもね。どこを直せばいいのか自分では分からないのよ。私にとっては凄く満足のいく出来になっているから」
「自分の部屋ですし、満足出来ているなら変える必要もないと思いますけど」
「分かっているわ。でもバランスって大事じゃない! 私、これからは自分の意思で考えて生きていきたいと思ってるの。でもその結果二人にすら引かれる部屋を作ってしまったわけ。それくらい私は不器用なのよ」
自覚してたんだ。
「それでね。日高くんに教えて欲しいの、ちょうど良いバランスというのを」
「なるほど」
でもバランスの良い女子の部屋ってよく分からんしな。
実家は狭すぎて自分の部屋って概念すらなかったから雫を参考にする事もできない。
こればかりは俺より他の二人に聞くべきな気がするけど。
多分そんな二人を差し置いて、俺に頼んできたのは髪のセットが出来るせいだろうな。
この家の中で一番可愛いを熟知していると思われている。
世話係の仕事上、あまり断るということは許されない。
頼られたのであれば、出来る限りの事はしてみよう。
「わかりました。…………ですが、あくまで私自身の意見として聞いてください」
「わかったわ! それで何から直したらいいかしら!」
期待の目を俺に向けてそう言う琴音さん。
俺はそのプレッシャーに押し潰されそうになりながら答えた。
「まず言えることはピンクの主張が激し過ぎますね。このハート型のライトは何ですか? それと壁に貼っている飾り物が多すぎます。それと───」
俺は包み隠さず、自分の意見を言った。
その結果───
「私ってほんとにダメダメなのね……………」
琴音さんを撃沈させてしまった。
「い、いえ、でも今の部屋は可愛いのが好きと見ただけで伝わるので良いとは思いますよ」
俺は反省し、琴音さんを元気ずけるような言葉をかける。
「…………そう。まあ指摘してくれるだけありがたかったわ。それと勝手に引き止めてしまって悪かったわね。何かする用はなかったかしら?」
「する事ですか…………。あっ!! 美穂さんと陽葵さんを起こさないと行けないんでした!」
俺は急ぎ足で琴音さんの部屋を飛び出した。
「おっと!」
ドアを開けた先には美穂さんが居た。
「おれ、日高…………?」
美穂さんは俺が琴音さんの部屋から出てきた事に首をかしげた後、後ろにいる琴音さんに視線を向け、ニヤリと笑みを浮かべた。
俺は嫌な予感がしたので、逃げるようにして陽葵さんの部屋に向かう。
「琴音が日高を部屋に入れるなんて、どうしちゃったの?」
「深い意味はないわ。どこを直したらいいか聞いてただけよ」
「ほんとに───」
俺は陽葵さんの部屋をノックし、中に入る。
いつものように凄い寝相の陽葵さんの肩を揺らし、話しかける。
「陽葵様、もう10時過ぎてますよ。起きてください」
「うぅ〜………もう甘いお菓子は要りません…………」
「どんな夢見てるんですか…………」
すると陽葵さんはゆっくりと目を開けた。
「おはようございます陽葵さん」
「…………おはよう…………ざいます」
「昼になってしまうのでそろそろ起きてください」
「分かりました…………」
そう言って陽葵さんは目を擦りながら、ベットから起き上がった。
俺は朝食の用意しようと、部屋を出る。
外ではまだ美穂さんと琴音さんが話していた。
美穂さんが琴音さんの耳に近づき何かを言った。
「──────なの?」
その瞬間、琴音さんが俺の方を見て顔を真っ赤に染めた。
一体何を言ったんだ美穂さん。
「そ、そんなわけないでしょ!」
そう言って琴音さんは先に一階へ降りて行った。
「あり変わらず人をからかうのが好きですね」
「反応が可愛いからね。たまに見たくなってついやっちゃうんだ」
「美穂、おはよう………ございます」
寝ぼけた陽葵さんがよろよろと歩いてきた。
「おはよう陽葵。眠そうだね。先顔洗って来たら」
「はい…………そうします…………」
そう言って陽葵さんは一階に降りて行った。
「最近、琴音が日高を頼るようになってきちゃったから独り占めできなくなって寂しいなぁ……………」
次は俺をからかってきているという訳か。
でもその手には乗らないぞ。
それに本心が見え見えだ。
「…………珍しく嘘が下手ですね」
「そうかなぁ?」
「だって顔が全然寂しそうじゃないです」
むしろ嬉しそうだ。
「…………琴音、文化祭までに可愛い格好で外に出られるようになれたら良いなぁ」
「どうしてですか?」
「えっと、それはね───」
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