第13話 琴音さんは諦めない

「三つ編みなんて、あなた意外と器用ね」


「良く妹の頼まれていたので」


俺は琴音さんのサラサラな髪を纏め、三つ編みを作っていく。

これは小学生の頃の雫にやって、と頼まれてから何度も練習した結果だ。あの時からしばらくやっていなかったが、どうも体は覚えていたらしい。


「髪、すごくサラサラですね」


「手入れに気を抜いたことは無いからね」


「掃除は手を抜きっぱなしなのにですか?」


「…………あなた、今日はどうしちゃったの?」


「動揺してるんですかね。何だか調子が狂ってしまっていると言いますか……………」


何だかかっこ悪いな。

まるで好きな女の子にちょっかいを出す小学生みたいだ。


「そう。というか掃除もきちんとしてるわ。自分の部屋だけだけどね。可愛い服にホコリがついてたら嫌だもの」


「本気で好きなんですね。そういうの少し憧れます」


「私にとっては悩みを大きくする要因だったわ。離せば、離すほどもっと欲しくなったの」


「それが人間の心理なのかもしれませんね」


「ほんとに迷惑な心理だわ。…………でももしなかったら、すぐに手放していたでしょうね」


「でしたら、悪いものでもないかもしれませんね」


「…………そうね」


そう言っている琴音さんは手鏡に移る自分を見ながら、今までになく嬉しそうな笑みを浮かべていた。





「完成です」


「………こんな髪型があったのね」


左右に首を揺らし、全体を眺める琴音さん。


「どうですか? 出来の方は」


「…………すごく可愛いわ! ありがとう日高くん」


そう言って眩しい笑顔を向けてくる琴音さん。


その可愛さに俺は少しの間固まってしまった。


天使の笑みだな、ほんと。

こんなのギャップなんて言葉では収められない。もはや何かしらの兵器だな。

人を無差別にキュン死させる。


もしかしたら、今まで以上に女子からモテるようになるかもしれない。男子からの告白なんて後を絶たないだろう。

これは大変な事になるな。


「琴音様、夕食は何がよろしいでしょうか?」


「そうね。…………ハンバーグが食べたいわね」


「これは、予想外な希望ですね」


「今日は感情を表に出しすぎて疲れたもの。ガッツリしたものがいいわ」


「なるほど、ではハンバーグを作りましょう。チーズはどうされます?」


「入れてちょうだい」


「かしこまりました。ではお二人にも聞きに行ってまいります」


俺は二階にあがり、まず美穂さんの部屋のドアを叩く。


「日高。どうしたの?」


「今日は琴音様の希望で夕食はハンバーグを作ることにしました。チーズはどうされますか?」


「入れる!」


そう言った後、美穂さんは何だか嬉しそうに微笑んでこう続けた。


「 …………そっか。琴音の希望…………ありがとね日高」


「いえ、当然の事をしたまでです」


「もぉ〜かっこいいこと言っちゃって。ちょっとかっこいいけど」


そう言って満面の笑みを浮かべる美穂さん。


「…………光栄です」


俺は美穂さんの言葉に少し恥ずかしかいと思いつつも、本気で感謝されているんだと伝わってき、異常に嬉しくもあった。


「では、夕食ができ次第お呼び致しますので、少々お待ちください」


「わかった。ほんとにありがとね」


そう言って美穂さんは部屋のドアを閉めた。


俺は続いて陽葵さんの部屋をノックした。


「陽葵様───」


「琴音はどうでしたか!」


部屋を開けるなり、そう聞いてくる陽葵さん。


俺は琴音さんの姿が見えないよう隠しながら、その質問に答える。


「大丈夫ですよ。服は受け取ってくれました」


「そうですか…………。ほんとに良かったです」


そう言って安堵の息を漏らす陽葵さん。


この三人はほんとに仲がいいんだな。

これじゃあ安心しすぎて、悩みなんて解決できるはずがないよな。


「陽葵様、夕食はハンバーグにしようと思っているのですが、チーズはどうされますか?」


「たっぷり入れてください。後、目玉焼きも乗せて欲しいです」


「分かりました」


相変わらずの食いしん坊だな陽葵さん。


俺は階段を降り、そのままキッチンへと向かった。


材料を冷蔵庫から取り出し、料理を始める。


「私も何か手伝うおうかしら」


「いえ、大丈夫ですよ」


「でも何もしないで待っているのは少し悪いわ。さっきのお礼も兼ねて、何か手伝わせて貰えないかしら?」


「せっかく可愛い格好をしているのですから、汚すのは勿体ないですよ。どうしてもお礼がしたいのでしたら、そちらの椅子にでも座っていて貰えたら嬉しいです」


「それはどうして?」


「料理をしながら、目の保養もできますので」


「…………そう。そこまで言うならわかったわ」


そう言って琴音さんは俺の言った通り、椅子に座った。


「日高くん、少し言い方はキモかったけど、思ったより悪気はしなかったわ」


少し照れくさそうに言う琴音さん。


琴音さん、可愛い格好すると気持ちが抑えられないのかな。

さっきから本音がダダ漏れだ。


「………琴音様は可愛い不足ですかね。それも末期の」


「ウフフッ。そうかもしれないわね」


それから俺が料理をしている間、時折こちらを見ては微笑むという最高のサービスを提供してくれていた。


「夕食が出来ましたので、お二人をお呼びしますが、よろしいでしょうか?」


「ええ、良いわよ」


琴音さんは珍しく緊張しているらしい。

ここまで本気で可愛い格好をした事がないからだろう。

どんな反応をされるのか、期待と不安でいっぱいなのだ。


俺は二階に行き、二人の部屋をノックする。


出てきた二人と共に一階へと降りた。


そんな二人の前に琴音さんは姿を現した。


「わおっ…………」


「わぁーーーー!」


「ど、どうかしら? 日高くんに手伝ってもらったのだけど……………」


少し恥ずかしそうに髪型や着ている服を二人に見せる。


「うんうん! すっごく可愛い!」


「すごく似合ってますよ。可愛いです!」


「…………そ、そう。…………ありがとう」


恥ずかしながらも嬉しそうにそう言う琴音さん


「あぁー琴音が照れた」


ニヤリと笑みを浮かべた美穂さんが琴音さんを抱きしめてそう言う。


「ちょ、ちょっと。近いわよ」


「だって可愛いんだもん」


「………………っ!!」


琴音さんは、離れて欲しいような、でも可愛いと言われるのは嬉しいからと微妙に弱い力で美穂さんを引き剥がそうとする。


だがそんな力では抱きつく美穂さんが離れることはない。


「何かいつもより力が弱いなぁ。そんなに嬉しかった可愛いって言われるのが?」


さすがは美穂さん。

人の心を読むのが上手い。


「そ、そんなわけないでしょ」


図星だったため、琴音さんは動揺が隠せずにいた。


「もぉ〜可愛い。可愛いよ琴音」


「もうやめて! 嬉しいけど恥ずかしいのよ!」


そう言って美穂さんを全力で引き剥がす琴音さん。


「ありゃりゃ。やり過ぎちゃったか…………」


「琴音。ほんとに安心しました。私の生活力の無さのせいで日高さんを呼ぶことになってしまいましたから、すごく気にしてたんです」


陽葵さんは少し泣きそうになりながら、そう言う。


なるほどな。

陽葵さんが掃除出来ないの、飛翔さんは知っていたわけか。

だから飛翔さんが俺を雇ったと。


「そんなの気にしてないわ。日高くんが来てくれたおかげで、少し自信が持てたの。それに悔しいけど、彼の方が可愛い格好に詳しそうだし。諦めかけてたけど、やっぱり私は可愛くありたい。だから少しずつだけど可愛い自分に自信を持てるように努力するわ。だから陽葵にも頼って構わないかしら?」


「もちろんですよ琴音〜」


そう言って陽葵さんは嬉しそうに泣きながら琴音さんに抱きついた。

そんな陽葵さんを優しい笑みを浮かべて見ながら琴音さんは頭を撫でる。


まるで姉妹だな。


そんな感じで、俺は二人を見つめていた。


「日高が世話係でほんと良かったよ。こんなに表情が変わる琴音、初めて見たかも」


「そうですか。なら、私も来た意味があったみたいですね」


「だね」


「では、そろそろ夕食にしましょう。料理が冷めてしまいますから」


俺たちは椅子に座る。


「「「いただきます」」」


そして出来たのハンバーグを食べ始めた。

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