第12話 琴音さんは可愛い
琴音さんの抱える悩みは、他人の目を極度に気にしてしまっている事。
そして可愛いものに対して間違った認識。そのからくるある種の恐怖心だろう。
好きなことが自由にできないのは、結構ストレスになるしな。出来るなら解決してあげたいものだ。
「琴音の問題は私たちではどうにもならないんだ」
「昔から一緒にいますからね。琴音自身も私たちに嫌われることは無いってわかってるんですよ」
仲が良すぎるのが逆に欠点になってるのか。
「…………分かりました。そういうことでしたら、私にお任せ下さい」
俺は二人にある提案をする。
「なるほど、確かに日高ならできるかも。私たちほど琴音と深〜い関係じゃないもんね」
ニヤリと意地悪な笑みを浮かべてそう言う美穂。
「いやらしく言わないでください」
「日高さん。頼んでもよろしいのですか?」
「ええ、お任せ下さい。私はお世話係ですから、悩みを解決するのも仕事です」
「頼もしいこと言うね〜。期待してるよ」
「光栄です」
俺の作戦が成功するかは分からない。
琴音さんがどれくらい俺を信用してくれているかによるのだから。
※
あれから数時間が経過した。
リビングには俺一人だけしかいない。
そんな時だ。
ガチャ
二階からドアが開く音がした。
「あら、日高くんだけなのね」
琴音さんがお茶を飲みにリビングにやってきていた。
「その服……………」
「陽葵様からお預かりしまして、シワだからだったので、アイロンをと」
「そう。………着る機会もないから別にいいのに」
「この服は陽葵様のものなのでは?」
俺がそう言うと琴音さんは顔をハッとさせた後、暗い表情を浮かべた。
「…………そう、だったわね」
やっぱり、必要ないは嘘だよな。
ほんとは手放したくないんだ。
でも怖くてそれを言い出せない、可愛いものを自分が持っていると知られるのだから。
「嘘ですよ。この服は琴音様のものと伺っております。アイロンをしてるのは綺麗にお返ししようと思ったからです。陽葵様のベットの下から丸まって出てきましたからね」
「何言ってるのよ。その服は要らないから陽葵にあげたの」
「ほんとにそれで良いのですか?」
俺がそう言うと琴音さんは少し怒った顔をした。
「二人に何を聞いたの?」
さすがに感ずくよな。
「……………私は良いと思いますよ。琴音さんがこのような服を持っていても、着ていても。かっこよかった女性が急に可愛くなったら、どう思われると思いますか?」
「そんなの似合わないって言われるに決まってるわ! 前の方が良かったって残念がるに決まってる」
「それは違います。正解は誰よりも可愛く見えるです」
絶対では無いかもだけど。
「そんなわけないでしょ」
真面目な顔でそう言う琴音。
確信を持った回答じゃないから、こうもばっさりと言われると自信なくなるな。
そんなことを思いつつも、俺は続ける。
「そういうものなんですよ。琴音様はかっこいい人間と周りから認識されています。でも実際に会ってみると凄く可愛い人だった、これをギャップと言います。そして予想外の可愛いは人を殺してしまうほどに強力な力となるのです」
「何の話よ」
「つまりはですね。琴音様は今、誰よりも可愛くなるチャンスがあるということです」
琴音さんには自分が可愛くなれるという事実に気づいて欲しかった。
少しキモイ言い回しになったが、分かってくれているだろうか?
「ですから、この服を手放す必要はありませんよ。むしろこのような服も持ってるんだというギャップにつながりますから」
俺はそう言って半ば無理やりこの服を琴音さんに渡した。
「でも………そんなの分からないじゃない。誰もが可愛い私を認めてくれるとは思えないわ」
「そんなの当たり前ですよ」
「えっ?」
「誰もがみんな琴音様を好きであるとは限りません。それは今も言えることです。知っていますか? 男子の中に好きな女子を取られたと、琴音様に嫉妬している人がたくさんいることを」
「うそ、そんな事があるの!」
琴音さんは驚愕の表情を浮かべた。
この話は洋介から聞いたことだ。
琴音さんは、そこらの男よりも女子にモテているから好きな女ができた時は注意しろと。
「全ての人に好かれるなんて、不可能なことなんです。琴音様を嫌いという人に好かれるなんてほとんど有り得ません。逆に好きという人はよっぽどの事がない限り嫌うような事はしません。人間というのは一度好きになった人には寛容なものですから」
「…………じゃあ日高くんは、私の事好きなの?」
「えっ!?」
「どうなのよ」
少し恥ずかしそうにそう言う琴音さん。
これはどういう意味での好きを聞かれているんだ。いや、落ち着け告白とかでは断じてない。
変な勘違いをするな。
「…………ええ、もちろん好きですよ。人としてですけど」
「…………そう。じゃあ私が可愛くなっても嫌わない?」
「嫌いませんよ。むしろ可愛い琴音様も見てみたいです」
俺がそう言うと琴音さんは少しだが嬉しそうな笑みを浮かべた。
「琴音様、私に対して遠慮などしなくて良いのですよ。美穂様くらい気を使わず自由にされても構いませんし、いつだって頼ってくださっても構わないのです。なぜなら、私は琴音様の世話係でもあるんですから」
過去のトラウマが消えないように、恐怖心や思い込みも深く自分の中に刻まれてしまう。
それを消し去るには、自分が間違っていたと、身をもって理解する必要がある。
少しずつでいい。時間をかけてゆっくりと進んでいけばいい。
そうすればきっと悩みは消える。
だからその時が来るまで、俺は君を支え続ける。
世話係なのだから。
「………ありがとう。少しだけど自信が持てたわ」
「でしたら良かったです」
すると琴音さんはその場から離れるなと言わんばかりに、俺の袖を少し掴んできた。
「ねぇ、少しここで待っていてくれるかしら?」
「…………わかりました」
俺は何をするのか分からず、首を傾げる。
琴音さんはそんな俺を置いて、洗面所へと走って行った。
しばらくして、洗面所から出てきた琴音さんを見て、俺は驚愕の表情を浮かべた。
なんと、さっき渡したドレスに着替えてきたのだ。
「…………どう、かしら」
あまり慣れていないのか、恥ずかしいのかは分からないが、頬赤く染め、俺の顔色を伺うかのようにチラチラと目を合わせてくる。
これは予想以上だな。
俺の鼓動が一気に早くなる。
何一つかける言葉が思い浮かばない。
ただ───琴音さんから目が離せずにいた。
これが、見惚れるということなのだろうか。
「やっぱり、似合わないわよね」
不安そうな表情を浮かべてそう言う琴音さん。
「可愛い…………」
息をするかのように自然とその言葉が出た。
そんな自分が恥ずかしくなり、不意に琴音さんから視線を逸らした。
「っ!? …………ほ、ほんとに可愛いの?」
「………はい。本当に可愛いですよ」
琴音さんは嬉しそうな笑みを浮かべながらも、頬赤くして照れていた。
「そうです。髪型も変えてみませんか? 良く妹の髪のセットを手伝っていたので、少しは出来るんです」
「じゃあお願いしようかしら。私そういうのあまり分からないから、教えてくれると助かるのだけど」
琴音さんが俺を頼ってくれた。
それだけでも俺は嬉しいと思えた。
「かしこまりました」
俺はこの時、ある事を思いついた。
「もう少しで夕食にするつもりですので、可愛くなった琴音様をお二人にも見てもらいましょうか」
「ちょ、ちょっと。それは少し恥ずかしいわ……………」
こんなに分かりやすく表情に出ている琴音さんは初めて見たな。
「そうやって照れてる方がもっと可愛いく見えますよ」
俺がそう言うと琴音さんは頬ふくらませ、冗談ぽく怒った。
「からかってるでしょ」
「バレましたか」
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