第11話 私は可愛いと思われたい(琴音視点)
私は可愛いものが好き。
服なんかは、可愛い系のものばかりに目がいっていた。
でも可愛いものは私から離れて行った───いや、自分から離してしまったという方が正しいのかもしれない。
私は大きくなるに連れて、かっこいいと言われることが多くなった。
同級生からも、大人からも。
でもいくらかっこいいと言われても嬉しいと思ったことは一度も無かった。
男の子から告白される時だって、可愛いところが好きみたいな人はいなかった。
容姿がいいから、性格がいいから、そんな在り来りな理由で私を好きになる人、女の子なのにかっこいいギャップがすごく良いという人もいた。
───でもそんな好きを私は求めていない。
理想が高いって思われるかもしれない。
でも私の隣に居る人には、私のことを可愛いと心から思っていて欲しいと願ってしまう。
それなら、言われるように努力すればいいって思われるだろう。
私もそれは分かっているし、そうしたい。
でも出来ない。
してしまえば私は周りからどう思われるとか、嫌われるんじゃないかって、過剰なまでに考えてしまう。
可愛い格好をしたくても、怖くて出来ないのだ。
『琴音には将来、父さんの会社を任せようと思ってる』
小さい頃から親に何度も言われた言葉だ。
私の将来は小さい頃から既に決まっていた。
父は会社の社長をしている。
だから、対人での仕事をする事も多い。
相手からいい印象を持ってもらう事を第一に考え、身なりから気を抜くことはなかった。
関係を深めようと、取引先の人とプライベートで合うなんて事も珍しくなかった。
将来、会社を背負う事になる、私も連れていかれる事が何度もあった。
小さい頃は父の友達の家に遊びに行く、くらいの気持ちだった。
でも、大きくなるに連れて、自然とわかった。これが私という人間を相手に覚えてもらうための策略だって。
人は第一印象でその人を決める。そして一度ついた印象を変えるのは簡単では無い。
人は見た目より、中身なんていう人は多い。でも第一印象の半分以上は見た目だ。
清潔感がない人と思われた時点で、その人の中身を知る気すら無くなるように。
人とはそういうものなのだ。
特に対人の仕事ともなれば、第一印象がいかに重要な事かは誰にだって理解出来る。
今思えば、父はプライベートで人と合う時はいつもスーツを着ていたし、私も落ち着いた色の大人っぽいドレスだった。
可愛い服がいい、と小さい頃は何度か言った事もあったが「印象が悪い」と父に強く断られた。
この出来事から小さい私は可愛い服は良くないものなんだと解釈してしまった。
それが良くなかったのだろう。
父の策略に気がついた時、自分が思春期だったというものあるが、周りからどんな印象を持たれているのか、異常に気になっていたし、悩んでもいた。
父の会社を背負うのは嫌な事じゃなかった。
むしろ興味もあったし、任されたことを嬉しいかったからこそ、人の目が余計に気になっていた。
だから、父と関わりのある人───いや、誰からも嫌われたくないと思った。
なら、頼る相手は一人───父だった。
それからの私は自分の意思を押し殺し、父の言う通りにした。
落ち着いた色の服を着て、話し方も雰囲気も父に近いものに変えていった。
落ち着きのあるかっこいい大人のように。
結果は成功だった。
私は相手から良い印象を持たれ、人気者になった。それで父も喜んでくれた。
これでいいのよ。
これが正解なのよ。
私は本気でそう思っていた。
父の言う通りの私でいれば、誰からも好かれると。
でもその結果が今の自分───かっこいい桜崎琴音だった。
気づけば、その印象は根深く浸透しており、もはや今の自分ではどうする事も出来ない状況になっていた。
嫌われている訳じゃないからいいわ、って無理やり納得しようともした。
でも心のモヤモヤはいつまで経っても消えなかった───むしろ増大していった。
あれ、これがなりたかった自分なの? こんな私で良かったの? そう思うようになっていった。
それが私にとって深い悩みになった。
私は可愛いものが好きなの。
こんな大人っぽいドレスでも、落ち着いた色合いの服じゃない。
花柄とか、リボンがついてる、そういう服が着たかったの。
美穂や陽葵のような可愛げのある女の子になりたの。
そう気がついた時にはもう手遅れだった。
出来なかったのだ。
『印象が悪い』父のこの言葉が頭から離れなかった。
可愛い格好をするのは印象が悪くなる事。
可愛い服を自分が持っていること自体、良くな事だと。
いつの間にか自分の中でそういう認識が根付いてしまっていた。
他人から可愛いと思われたい。
でも自分を可愛くするのが怖くて出来ない。
それが私を苦しめた。
私が陽葵と美穂と一緒に住もうと思った理由は二つある。
一つ目は、父と距離を置けば自分の意思を優先できるようになるかもしれないという願望。
二つ目は、こっそり可愛い格好をするためだった。
陽葵と美穂には事情も話しているし、そんな私を認めてくれた。
でも根本的な解決にはならなかった。
仲が良すぎたのだ。
二人の考えが何となくわかってしまうくらいには親密な関係になった。
だからこそ、二人には嫌われないという確信があった。
そんな二人だから、悩みを話せたし、そんな自分を見せられた。
だから、家の中でだけでも可愛い格好をしようって考えたのだ。
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