第10話 琴音の悩み

「ただいま」


「ただいま帰りました」


 俺と琴音さんはあの後、二人で帰ってきた。

 その様子を見て、美穂さんがニヤリとする。


「二人で帰ってくるなんて、随分と仲良くなったね」


「べ、別にそんなんじゃないわよ」


「じゃあどんなんなの?」


 いつものように詰める美穂さん。

 相談の事は言えない琴音さんはどうにか言い訳できないかと頭をフル回転させていた。


 美穂さんのターゲットが俺に移らない内に、洗面所に逃げ込んだ。


 許してくれ琴音さん。


 俺は手を洗った後、再びリビングへと戻った。


「美穂! これ以上はやめてくれ!」


 顔を赤くした琴音さんがそう言って、自分の部屋に走って行った。


「あらら〜逃げられちゃった」


「相変わらず性格が悪いですね」


「日高は大分遠慮がなくなってきたね」


 美穂さんはそう言った後、ソファーに座った。


「コーヒーでも入れましょうか?」


「あっ、お願い」


 俺は台所へと向かい、鍋に水を入れ、湯を沸かす。


 湧くまでの間に俺はコーヒー豆を引く。


「ねぇ、日高。琴音さ告白されたんだよね?」


 美穂さんの言葉に、俺は豆を引く手を止めた。


「やっぱりそうだったんだ。琴音、びっくりするくらいお人好しだから、そういうの他人に言わないんだよね。でも嘘つくの下手だから雰囲気でわかっちゃんだけど」


 さすがは勘のいい美穂さんだ。


 俺は再び豆を引き始めた。


「琴音は日高になんて? ………て答えられないか」


「すみません。私の口から言う事は控えさせていただきます」


「まっ、だいたいは予想つくけどね」


 お湯を数回に分けて、入れていき、出来たコーヒーを美穂さんの前に持って行った。


「ありがと」


 美穂さんは俺の入れたコーヒーを少し飲む。


「日高、これだけ聞かせて。琴音の悩みを晴れさせてくれた?」


 美穂さんはからかっているだけに見えて、琴音さんから悩みを聞き出そうとしていたのだろう。悩みを無くすために。

 きっと美穂さんは誰よりもあの二人の事が好きなのだ。


「ええ、恐らく」


「………そっか。それなら良かったよ」


 美穂さんはそれ以上、琴音さんのことについて聞いてくることは無く、いつもの調子で、くつろいでいた。


 俺を信用してのことだろうか…………。



 ※



「また散らかしてしまってすみません」


「いえいえ、もう慣れましたよ」


 俺は陽葵さんの部屋の掃除をしに来ていた。

 いつものように、来ていた服が床に散乱している。

 陽葵さんは制服に着替える時に脱いだ服を洗濯に出してこないので、二日に一回は取りに行く必要がある。


「いつも持って行こうと思うのですが、気づいた時には床に溜まってるんです。実家で世話係に頼りすぎた結果です…………」


 甘やかしすぎも良くないって事かな。

 それに気づいてるなら、すぐに直せるだろう。

 あまり心配する必要もないか。


「これで全部ですかね…………」


 俺は念の為、ベットの下などに手を伸ばし、確認する。


 案の定、手から布の感触を感じた。


 これは………下着じゃないよな…………。


 俺は意を決して、その布を引っ張った。


 出てきたそれは可愛らしいワンピースだった。


「あっ、それ…………!」


「何でしょうか?」


「い、いえ、何でもありません」


 何かを隠しているような言い方をする陽葵さん。


「………そうですか」


「では全て洗濯に回しますね」


「そのワンピースは着てないので洗わなくて大丈夫です」


「………分かりました」


 俺はワンピースだけを陽葵さんに渡して、部屋を出た。

 洗面所に向かい、洗濯物をカゴに入れる。


 リビングに戻ると、2階からコソコソと話し声が聞こえてきた。


 何かと思い、俺は上を見る。


「これ、琴音の服ですよね?」


「そうね。どこにあったの?」


「私の部屋から出てきました」


「そう。ありが…………」


 その時、俺は琴音さんと目が合った。


「やっぱりそれ、あげるわ」


「えっ…………」


「要らなかったら捨ててもいいわよ」


 そう言って琴音さんは逃げるように部屋に戻って行った。


「待ってください!」


 その声が琴音さんに届くことは無かった。


「…………どうしてでしょう…………これ、気に入っていたはずなのですが───って、どうして見てるんですか日高さん!」


 俺の存在に気がついた陽葵さんがそう言った。


「すみません。声が聞こえたのでつい…………」


「陽葵も、もっとタイミングを見計らわないと」


「確かに、私のせいですね」


 そう言って落ち込んだ様子の陽葵さんが1階に降りてきた。


「どうしましょう。このままでは、琴音にこの服を返せません…………」


「どうして返せないのですか?」


 俺のその質問に二人は少し黙り込んだ。


 もしかして、あんまり聞かない方が良かったのか? と俺は触れてはいけないところに触れてしまったのではと、内心焦っていた。


「…………こうなった以上、日高に話すしかないかもね」


「そうですね。もしかしたら、解決してくれるかもしれませんし。私たちではどうにもならなかった問題を」


 すると、美穂さんが一息置いて、話を始めた。


「琴音はさ、女らしさってのを良く気にしてるんだ。学園で琴音がかっこいいって女子から言われてるの日高も見た事あるよね?」


「はい」


「でも琴音の本音は可愛いって言われたいなんだよね。昔からそれを良く口にしてたんだ」


 確かに、琴音さんそんな事言ってたな。


「琴音も女の子だから、可愛いって言われたいのは当然だと思う。それでさ日高、この話と日頃の琴音を見て気づいたことは無い?」


「気づいたことですか…………」


 琴音さんは可愛いって言われたい。

 だが彼女から、かっこいいというイメージが消えない限りそれは実現しないだろう。

 じゃあそのイメージを消し去るためには? 女子ならやりようはたくさんあるよな。髪型を変えたり、化粧をしたり、可愛い服を着たり…………………。


 ───あっ、そういう事か。


「琴音様は可愛いと言われたいはずなのに、そう言われるための努力をしていませんね」


「そうなんだよね」


 髪を降ろしているだけなのも、私服がどれも可愛い系では無いのも、ずっとそういう系が嫌いだからなのだと思っていた。

 でも陽葵さんの部屋から出てきたあのワンピースは紛れもなく可愛い系だ。

 つまりはそういう服が嫌いな訳では無い。

 でもあえて着ていないのは何故だ?


「服ってさ、人の印象を結構変えるものなんだよね。葬式で私服を着ていくみたいに、場合によっては嫌われたり、軽蔑されたり、するでしょ?」


「確かにそうですね」


「琴音にとって可愛い格好をする事は自分の印象をすごく悪いものにするって認識なんだよ」


 つまり、あのワンピースを手放してしまったのは、俺が見ていたせいか。

 琴音さんにとって可愛い服を持っていること自体、悪い事をしているみたいに思っているのかもしれない。


 誰だって悪い事をしているのを他人に見られたら、その場から逃げたくなるものだ。


「美穂様、琴音様がそのようになった原因を教えて頂けないでしょうか?」


 俺がそう言うと美穂様は頷き、口を開いた。


「琴音があんな風になった原因は───」


 俺はそれを聞いた時、お嬢様である事の責任の重さに気付かされた。

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