第9話 放課後の出来事
「今日はここまで。復習しといてね」
入学して少しが経った。
隣が陽葵さんであるということにも慣れ、思ったより支障が無いことにも気がついた。
彼女の演技が上手いというのも意外と助けになる。相手がよそよそしいと、自分もそうした方がいいと自然と思い、そうなるのだ。
「やっぱ、この学園は授業ペース早すぎんな。いつまで経っても慣れねぇは」
「確かに、中学みたく授業中寝れないな」
「普通は寝れんのか?」
「まあ少しくらい寝ても支障はないな」
「羨ましいぜ。俺一回寝ちまったことあんだけどよ。運の悪いことにその授業が数学でさ、気づいたら次の単元いっててよ、もう訳わかんなかったわ」
「それは悲惨だな」
「そうだろ? 寝る前までは前の単元やってたのに、意味わかんねぇぜ」
洋介の言う通り、この学園は他と違って授業ペースが早い。高三に入った頃には全範囲を終わってるんじゃないかと思うくらいの勢いだ。
おまけにテストもムズいらしい。
前日徹夜で取れる難易度では無いようだ。
遅くとも2週間前には勉強を始める必要があるとの事である。
世話係の仕事と並行して勉強も進めなきゃな。
あれ、結構激務じゃね?
そんな一末の不安を抱え、俺は日々を過ごしている。
※
放課後、俺は一人教室を出る。
当然この学園にも部活動は存在する。そして多くの生徒が何かしらに所属している。
放課後になると、クラスメイトは颯爽と教室を去っていく。特に急ぐ理由もない俺は大抵最後に教室を出るのが日課となっていた。
洋介はサッカー部に所属しているらしく、俺も誘われたのだが、世話係の仕事があるので断った。
あの三人もどういう理由かは知らないが、部活はしていないらしい。
色んな部活から誘いが来たとはいうが、全てを断ったのだと。
人気すぎるのも、案外いい事では無いのかもしれない。家では疲れからか、三人ともぐったりしている。
「あの………琴音さん!」
階段に向かっていたところ、空き教室からそんな声が聞こえた。
声質的に女子だと言うのはすぐにわかったのだが、妙に緊張している。
「好きです!」
これは告白だな。
琴音さん、そこら辺の男子よりカッコイイもんな。女子でもすぐ惚れるよな。
「あ〜………えっと」
「突然ごめんなさい。女の子が女の子に告白するなんておかしいですよね」
「…………いいえ。おかしいなんて思わないわよ。好意を抱いてくれる事はとてもありがたい事だし、嬉しいわ」
かっこいいこと言うなぁ。
俺は階段をに向かいながら、いけないとはわかっていながらも聞き耳を立ててしまっていた。
「でもごめんなさい。私は、あなたの気持ちに答えてあげることは出来ないわ」
「そ………ですか」
その後、何を話していたのかは俺には分からない。
ただ、告白したであろう女子が泣きながら俺の隣を過ぎ去って行ったのを見た。
その背中からは失恋の悔しさと悲しみが感じられた。
本気で人を好きになるってああいう事なんだろうな。
俺はそんな事を思いながら、階段を降りた。
門を出てしばらくしたところで、誰かに肩を叩かれた。
俺はその方に視線を向けた。
そこには琴音さんの姿があった。
俺は話しかける前に周囲を確認する。
他の生徒がいないことを確認し、話しかけた。
「どうされました?」
「下校中よ。タメ口の方がいいわ」
「あっ、そうだな」
「そんなに警戒する必要は無いわよ。万一見られていたとしても言い訳くらい、いくらでも出来るわ」
だとしても、外で話すのはリスクがある。そんなリスクを背負ってまで、俺に話しかけてきた理由はなんだ?
「俺に何か用?」
「あなた、聞いてたわよね」
「うっ……………」
バレてたのかぁ……………。
「…………すみません」
「意外と素直ね。誤魔化されると想定してたのだけど」
「他人の告白を盗み聞きしたんだ。少しは悪いと思ってる…………」
「…………そう。まっ、あなたがたまたま居合わせてしまったというのはわかっているから、聞いていたことに対して攻めるつもりは無いわ」
「ありがとう桜崎さん」
俺は謝罪の意味も込めて手を合わせてそう言った。
琴音さんは一息ついて口を開いた。
「…………私、これまでも女の子から告白される事があるの」
「かっこいいもんな」
「そう! そうなのよ!」
そう言って俺に詰め寄る琴音さん。
その豹変ぶりに俺は驚く。
「私はかっこいい女なの…………」
「えっと…………それが?」
俺は琴音さんの真意が読めず、首を傾げる。
それを見て少し拗ねた顔をする琴音さん。
なるほど、これが察しろってやつか。
全くわからんな。
「あなたは女の子がかっこいいって言われて嬉しいと思う?」
「いや………それは人による気が………」
「じゃあ、あなたは可愛いって言われて嬉しいのかしら?」
「いや、嬉しくないです」
「でしょ。別に女の子から好かれるのが嫌ってわけじゃないわよ。でも私はかっこいいより可愛いと言われたいの」
可愛いと言われたか。
女の子なら当たり前の願いだろう。
確かに琴音さんがかっこいいというのは理解出来る。だが別に全く可愛くない訳でもない。
多分、両方備えているからこそ、女の子でも彼女を美しく思えてしまうのだろう。
「慣れないのよ、告白される事に。特に同性はね…………。告白って勇気のいることじゃない? 同性なら尚更葛藤があったと思うの。でも私は誰の好意にも答えられない。それがすごく悪い事な気がして」
琴音さんは暗い表情を浮かべた。
それほど悩ましいことなのだろう。
「………俺は告白された事ないから、その苦しさを理解してあげることは出来ない。でも一つ言えることは、桜崎さんのせいでは無いと思う。後、桜崎さんに全く可愛げがない訳では無いよ」
「…………そ、そう?」
可愛げが無いわけじゃないって言われてちょっと嬉しかったのか? ちょっと照れてるな。
「とりあえず、あんま悩む必要はないと思う。確かに失恋っての辛いし、悲しい。自分の想いが相手には届かなかったって事だからさ。でもそれを乗り越えられた時、想いを伝えられてよかったって本人は多分思う。意外と好きな人に告白しないで終わる方が後々引きづって後悔するんだよ。経験者は語るってな、ハハハ」
「そういうものなの?」
「そういうもんなんだよ」
俺の話を聞いて、琴音さんは少し吹っ切れた顔をした。
「ありがとう相談乗ってくれて。美穂や陽葵には一度聞いた事だったから、二人がいる前で聞きにくくて」
あの二人も告白される側だから、相談相手としては微妙かもな。
それに他人に告白された事をあんまり広めたくないって琴音さんは思ってるみたいだし。
すごく優しい人なんだな。
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