第6話 妹

「ふぅ〜気持ちよかった」


 そう言って一足先に美穂さんがリビングに戻ってきた。

 タオル一枚で体を覆っているだけであり、非常に目のやり場に困る姿で現れたのだ。


 俺がそんな美穂さんに目を向けていると、ニヤリとした笑みを彼女は向けてきた。

 恐らくわざとであると俺は直感で理解した。


 こいつ───俺を辞めさせたいのか!!


 そんな考えが一瞬、俺の頭をよぎった。

 だがその考えは杞憂に終わった。


「日高の、エッチ〜」


 そう言ってあからさまに手で体を隠す美穂。


 彼女はただ俺をからかいたかっただけなのだろう。もうその手には乗らない。

 そろそろ仕返しをしたいところだ。


「美穂様。ごちそうさまです」


 爽やかな笑を浮かべ、そう言って俺はグットポーズを美穂さんに向けた。


「っ!!」


 まさかの反応だったからか、美穂さんは顔を赤くした。

 恐らく、素で自分の体を見られた事が恥ずかしかったのだろう。


「へ、変態!」


 美穂さんはそう言って部屋の中へと走っていった。


「あれ? 美穂がいませんね」


「そうね」


 そのタイミングで薄着の二人がリビングに姿を現した。

 キョロキョロと周りを見渡し、美穂を探している様子から、さっきの出来事は見られていないと、俺は察した。


「美穂様でしたら自室へお戻りになられましたよ」


「そうですか。やはり日高さんの前ではいつもみたいな事はしないのですね………」


「いつもの事…………?」


 俺は思わずそう漏らした。


「美穂は風呂から上がったらいつもはそこのソファーでおっさんみたいな座り方して涼んでるのよ」


「男の人の前ではさすがに恥ずかしかったみたいですね」


 いや、多分、普通にソファー座ってたと思うな。美穂さん、そういうのあんまり気にしてなさそうだし。


「美穂はこの家に来てから我慢というものをしなくなったわね」


「そうですね。でも美穂にはあれくらい自由にしてもらった方が安心できます」


「自由過ぎるのも、将来やっていけるのか心配になるけどね」


 そう言う二人は何だか嬉しそうに笑っていた。


 自由か。

 仮に美穂さんがこの家に住む理由となったのがそれだとするならば、世話係という枷に縛られている俺を気にしてくれるのも納得がいくな。


 まっ、俺からしたらいつもの家事が3倍になったくらいで、こんないい家に住めるようになったんだ。

 枷なんて思うはずもないがな。


「では、私もお風呂に入らせて頂きます」


 そう言って洗面所へと向かった。


 ついでに洗濯機回しとくか。


 俺は自分の着ている服とカゴにある三人の服を洗濯機に入れ、回した後にお風呂に入った。


 さすがはジェットバスと言ったところだろう。

 温もるだけで日頃の疲れが一気にとれる。

 今にも眠ってしまいそうな程に気持ちが良い。


 シャンプーもセンスがいい。

 自分からあの三人と同じ匂いがする。

 なんだか複雑な気持ちだな。


 雫にもこの家の生活を体験させてやりたいな。


 俺だけこんないい生活送っても良かったのだろうか。


 いつもは父さんが帰ってくるまで、雫の傍には俺がいたのに、今は一人でいるはずだ。


 何だか、凄い心配になってきた。

 今すぐ実家に帰って様子を見たい…………でもそれは叶わない。

 とにかく上がったらすぐに電話を掛けてみよう。


 そう決めた俺は、すぐに風呂から上がった。



 ※



『もしもし兄さん。どうしたの?』


 俺は部屋に入るなり、飛翔さんから貰ったスマホで家に電話をかけた。

 スマホの奥から雫の声が聞こえ、どこか安心した。


「いや、どうしてるかなと思ってさ。ちゃんとご飯食べたか?」


『兄さん。私の事舐めすぎじゃない? どうせ家で一人でいるから心配で電話かけてきたんでしょ』


「うぅ…………」


 完全に図星だったので、俺は何も言い返すことが出来なかった。


『思った通りだ。シスコン兄さん〜』


 からかうような口調でそう言う雫。


「雫、俺からしたらシスコンは褒め言葉だぞ。愛が伝わっている証拠だからな」


『うわっ、兄さんキモイ。そういうのお姉さん達には言っちゃダメだからね』


「………さすがに言わないよ」


『それでどうなの? 世話係の仕事は』


「思ったより悪くないよ。お嬢様達はみんな良い人だし、食材や調味料は充実してる。それとお風呂とトイレが別れてた」


『何だって!?』


「しかもジェットバスだった」


『ジェットバス! う、羨ましい…………』


「だろ?」


『うん。とりあえず兄さんが楽しそうで安心したよ。無理してないか心配だったからさ』


「そうか。ありがとう」


『じゃあそろそろ切るね。お風呂入らなきゃだし』


「ああ、じゃあな」


『うん。バイバイ』


 スマホから電話の切れた音がした。


 とりあえず雫が元気そうでよかった。


「シスコン日高ぁ」


 そんな声が聞こえ、後ろを振り返るとニヤつく美穂さんの姿があった。


「ん!?」


 全て聞かれていたのかと俺は恥ずかしくなり、思わず変な声を漏らした。


「な、何か用ですか?」


「ううん。急いで自分の部屋に入ったから何してるのかなぁと思って」


 なるほど、さっきの仕返しというわけか。


「私の想像とは違うかったな。もっと面白いことしてるって期待してたのに」


「面白いことですか?」


「私たちの下着でも盗んだのかなって…………」


 冗談交じりの笑みを浮かべる美穂さん。


「しませんよ。私は妹のためにこの仕事を受けているので、信用を失うような事は絶対にしないと決めています」


 クビになるなんて冗談じゃ済まされないからな。


「そっか。いいお兄ちゃんだね日高は」


 笑顔を浮かべそう言う美穂さん。

 その笑顔からはからかっているよりかは感心しているように感じた。


「あ〜あ。日高の好感度上げちゃったなぁ。失敗だ」


「私からしたら光栄な事です」


 美穂さんは少し残念そうにしながらも笑みを浮かべ、部屋を出て行った。


 シスコンについて語ってるのも聞かれてたのかな。


 俺は不意にそんな事を思い、心の中で悶絶した。

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