第5話 映画

「うまぁ〜……………」


 家に帰った途端、陽葵さんはポテチをテーブルの上でパーティー開けにした。

 おかげで床にポテチのかすが落ちた。

 そう、掃除した日に床を汚されたのだ。


「陽葵様、こぼれてますよ。ポテチは逃げませんから、もう少し落ち着いて開けてください……………」


「あっ、す、すみません」


 俺は小さくため息をつき、先に風呂を沸かしに洗面所に向かった。

 お風呂がトイレと別れてるの最高すぎるな。しかもジェットバスとは、天国みたいな空間じゃないか。


 俺は湯を沸かすボタンを押した。


 リビングに戻ると、いつの間にか三人が集結し、テレビを見ていた。


「日高、今やることある?」


「そこの掃除くらいでしょうか」


 そう言って三人が座るソファーの前にあるテーブルを指さした。


 ポテチのカスと油で汚れている。


 陽葵はそっぽを向いていた。


「なるほど…………特に無いみたいだし、映画観ようよ」


 あっ、流された。

 まあいいか、今掃除してもまた汚れるだろうし。


 ていうか、映画とかいつぶりだろ。


「ご一緒しても宜しいのですか?」


「いいよ。ていうかお願い。今からホラー映画見るんだけど、この二人ビビリで見てる最中、暴れるから押さえつけておいて欲しいの」


「べ、別に、私は、苦手じゃないわよ!」


 そう言う琴音は顔を引き攣り、声が震えていた。


「苦手なものを無理に見る必要は無いと思いますが…………」


「嫌です! 怖いですけど、それがいいといいますか、怖いもの見たさと言いますか。…………とにかく私たちはホラーが好きなんです!」


 そう言う陽葵の口は油でテカテカになっていた。いつの間にかNチキは床に衣の一部だけを床に残して消えているので、食べたのだろう。


「分かりました。では見ましょうか」


 そうして、映画の準備が始まった。

 意外と本格的なのか、カーテンを閉め、部屋の電気を消して、真っ暗にしていた。


 俺は陽葵と琴音の間に入り、映画を観る。


『THAT〜"それ"が見えたら死ぬ〜』と言うタイトルの映画だ。

 あらすじは森にキャンプをしに来た五人組が、偶然、古びたサーカス城を見つける。そこで謎のピエロが現れ、襲われるというものだ。


 ホラーだけど、久しぶりに映画観るから楽しみだな。


 俺は恐怖より興奮が勝っていた。


 そうして映画は再生された。



『はーい。ナンシー』


『キャァァァァ!!』


「「キャァァァ!!」」


「ちょ、マジですか……………」


 陽葵と琴音が驚き、俺にしがみついてきた。

 肌の感触を容易に感じられる距離感に思わず、俺はドキッとしてしまった。


 でもあれ? 何か両手に花って感じでこの状況、最高かも。

 しばらくこのままでいいや。


 俺の中で恐怖心が完全に消えた瞬間だった。



 ※



 だがその幸福感も終盤では消え去っていた。


 映画は思ったより面白い。

 恐怖心や緊張感を煽る演出がされており、ホラー映画として完成されている。


 陽葵と琴音はおなじみの様子で、俺にしがみついている。

 怖いシーンが来そうになると、俺の背中に潜り込もうとしたり、服を引っ張って顔をかくしたり、となんだか可愛らしいかった。

 今となってはもう、密着しているせいで凄く暑い。


 サウナかここは…………。


 正直、両手に花とかもう考えられない。早く映画が終わって欲しいとさえ願っている。


 美穂はというと、まるで怖がっている様子はなく、残っていたポテチを平らげていた。


[パリン]


『な、何!?今の、何の音?』


『わ、分からない。俺が確認してくる』


「これ、来るわよ。絶対、来るわよ………!」


「琴音、怖いからそういうこと言わないでくださいよ!」


 二人が俺の体にめり込む勢いで、距離を詰めてくる。


 狭い、暑い、苦しい…………。


 俺はホラー映画どころでは無い。

 軽い拷問を受けているようだ。


『ねぇ…………どうだった?』


『食器が落ちただけだった』


『ヒャヒャヒャヒャヒャ』


「「キャッ───」」


 二人は俺の腕を強く掴む。


『や、やだ…………』


『俺から離れるな』


[ミシミシ………バリバリバリ]


『あばうばァァァァァ!!』


『キャァァァァ!!』


『わぁぁぁぁ!!』


「「キャァァァァァーーー!!」」


「痛って!? 痛い痛い痛い! 腕、腕をねじるなぁぁぁあああああ!!」


 二人は恐怖のあまり、俺の腕を強く握り、ねじってきた。


「あっ、ごめんなさい…………」


「すみません……………」


「い、いえ…………」


「もぉー日高の叫び声で聞こえなかったじゃん!巻き戻そ」


「えっ、俺のせいなの?」


『あばうばァァァァァ!!』


「「キャァァァァーー!!」」


「だから痛いって───!!」



 ※



 そんな感じで、無事とはいかず、映画を見終わった。


 な、何なんだ?この拷問は……………。


 俺の腕は痛みは無いものの、真っ赤になっていた。

 それに額からは汗が滴っていた。


 少し気まずい空気が四人の中に漂う。


「お風呂が湧いておりますので、お入りください」


「じゃ、じゃあ私、お先にお風呂入ってきますね……………」


 そう言って逃げるように風呂場へと走る陽葵。


「逃げたわね陽葵! 待ちなさい!」


 琴音はそう言い陽葵を追いかける。


「わっ!? 琴音! 何するんですか!」


「私が先よ!」


「いえ、私が先です! もう服脱いじゃったんですから入らせてください!」


「まだ下着が残ってるじゃない───」


「なっ!? もう服脱いだのですか!」


 とんでもない会話が聞こえてくるな。

 俺は全てを逃さないよう、耳を大きくして盗み聞きをする。


「むっつり日高」


 ニヤリと意地悪な笑みを浮かべた美穂が俺の顔を覗いてきた。


「ち、違うわ!」


 勘のいいヤツめ。


「別にいいじゃん。男の子ってそんなもんでしょ。今、洗面所で起きてる事を妄想したりして興奮するんでしょ」


 ホラー映画で可愛らしさとか、感じなくなった俺があの二人の今の状況を妄想するだと?


 当たり前だろ───!!


「しませんよそんな事」


 さすがに口に出すのは恥ずかしいけど。


「ふ〜ん。面白くないなぁ」


 そう言ってテレビの適当に操作する美穂。


「分かりました! ここは平等に二人で入りましょう!」


「そうね。それが最善だわ」


 どうやら二人は和解したようだ。


「二人が一緒に!?」


 隣にいた美穂が光の速度で洗面所に走っていった。


「私も入る!」


「えっ!? 三人もいけますか?」


「大丈夫だって」


「幸いここの風呂場は広いしね」


 本当に仲良しなんだな。少し羨ましい。


「日高も一緒に入る?」


 美穂が大きな声でそう言った。


「ちょっと美穂! 何言ってるのよ!」


「それは段階を飛ばしすぎです!」


 そういう問題なのか? 女子三人とお風呂に入るのはギリギリアウトどころの話じゃないぞ。

 飛翔さん含め、三人の父親からボコボコされる。


「遠慮しておきます」


「えぇ〜良いの? 今なら美少女三人の裸が拝めるのに?」


「美穂! その口を塞ぎなさい!」


「ほんとに来たらどうするんですか!」


「いいじゃん別に。私まだ脱いでないし」


 美穂さん、性格悪いな。


「私が許してあげるから来なよ」


「美穂様に許されても、クビ確定なのでやめておきます。それにさっきまでの会話でもう満足しましたから」


 これだけ言っておけばもう大丈夫だろう。

 満足なのは本当だし。


「変態がいますよ」


「キモイわね。犯罪者予備軍として警察に突き出そうかしら」


「やっぱ、日高はむっつりだなぁ」


「早く入りましょ」


「そうですね」


 すごく冷めた会話が聞こえた後、洗面所の方で風呂場のドアが閉まる音がした。


 一瞬にして静寂が俺を包み込む。


 何だか、悲しいな。


 別にお嬢様からの侮辱で興奮するような特殊な癖は持ってないんだが。


 俺は机の上を片しながら、自身の精神が削られているのを感じた。

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