第4話 夕食

 四人がテーブルに揃い、夕食を食べ始める。

 お嬢様だから作法に習って綺麗に食べると思っていたが、そうでも無いらしい。


 美穂なんかは何も気にせず豪快に食べていた。


「うまぁ〜」


「美味しいわね」


「日高さんは料理上手なんですね。羨ましいです」


 俺の作ったカレーは三人の口に合ったらしい。


「ありがとうございます」


 それにしても上手くできたな。やっぱり本格的なカレーは全然違う。野菜のだしも出て甘みもあるし、最高だ。


「こんな生活出来るなんて夢みたいだ………………」


 俺は思わずそう声を漏らした。


「日高さんが喜んでくれているなら良かったです」


「あっ、すみません。声に出してしまいました」


 ひもじい生活からここまで変わったのだ。やはり自分にとっては喜ばしい。

 ギリギリな生活はやはりしんどいものだ。


 そういや雫、ちゃんと食べてるのかな。

 夜にでも電話してみるか。


「日高、おかわり!」


 そう言って俺の前に空になった皿を差し出してくる美穂。


「美穂。早食いは体に悪いわよ」


「えぇーだって美味しかったんだもん」


 まっ、今はこのお嬢様達に集中しよう。陽葵さんの生活力の無さを見て思った。多分この仕事は一筋縄じゃいかない。


「分かりました。少しお待ちください」



 ※



 夕食を終え、食器を洗っていると、陽葵さんが俺に話しかけてきた。


「日高さん。あなたの制服が届きましたよ」


 どうやら神代の制服が来たらしい。

 配送とはほんとに便利なものだ。


「ありがとうございます。そこに置いておいてください」


「分かりました」


 陽葵さんは届きたてのシワのない制服をそっと棚に置いた。

 そして陽葵さんはソファーに座り、こちらをしきりに見てきた。


「どうかしましたか?」


「い、いえ! 何でもないです」


 絶対何かあるな。


「陽葵様。お気を使わず、何でも頼んでください」


「…………分かりました。でしたら、コンビニに行きませんか?」


「はい?」


 まさか過ぎる頼みに俺は首を傾げた。


「実は私、産まれてから一度もコンビニという

 所に行ったことが無いんです」


「そうなんですか…………」


 中等部までは校則で放課後の外出があまり出来なかったからか。


「しかも実家にいた世話係は絶対この頼みを聞いてくれませんでした。私は食べてみたいものがあったのに───」


「食べてみたいものですか?」


「はい。太るから、体に悪いからとお預けされてきたものです。それは───」


「それは?」


「それは───ポテチです!」


「ポテチ?」


 確かにポテチはお嬢様には似つかない代物だ。

 陽葵さんがそんな油っこいものをご消耗だとは、それも夕食後に。


「確かに夜のポテチは太りますね。何せ油っこいですから」


「そうですよね……………やはりこんなおそくにダメですよね」


 少し暗い顔をしてそう言う陽葵さん。


 そんな顔をされては断るなんて不可能だ。というか、最初から断るつもりなんてない。

 俺もその気持ちはよく分かるからだ。


「いえ、だからこそ食べたくなるのです。背徳感というのは食欲を増大させますから」


 俺がそう言うと陽葵さんの顔がパッと明るくなった。


「で、ですよね! 夜だから良いんですよね!」


「ええ、では買いに行きましょうか」


「はい! 行きましょう!」


 飛び切りの笑顔を浮かべ、そう言う陽葵さん

 最初にあった時の挨拶とは打って変わって、今は無邪気な子供のようだ。


 マンションを出て、夜道を歩く。


「日高さんは不思議に思いませんでしたか? 何故、家の人間ではなく、あなたを世話係として選んだのか」


「確かにそれは思いました」


「私の口から全てを話すことは出来ませんが、私たちが三人で住むことになった理由でもあるんです。つまりはみんな何かしら抱えているということです」


「みんなということは陽葵さんもですか?」


「あっ。い、いえ、二人です…………」


 陽葵は分かりやすく嘘をついた。

 というか家事が出来ようになりたいとか言ってたじゃん。


「恐らくこれから暮らすとなると、あなたも知る事になると思います。その時はよろしくお願いしますね」


「何をですか?」


「えっと、支えてあげて欲しいなと」


「そういう事でしたら、お任せ下さい」


 お嬢様も自由では無いだろう。神代の校則も、陽葵がコンビニに行けないのも、お嬢様だからだ。悩みがあるのも当然かもしれない。

 しかもその悩みは第三者が勝手に話していい内容では無いのだろう。


「み、見てください日高さん!コンビニですよ!」


「はい、そうですね」


「何だか反応が薄いですね」


 そうか、陽葵さんは一度も入った事がないから感動しているのか。


「わぁー! ほんとですね! 生まれて初めて見ました!」


 俺はわざとオーバーなリアクションをした。


「バカにしてます?」


「あっ…………すみません…………」


 流石にあからさま過ぎたか。


 俺たちはコンビニへと入った。


 陽葵さんはコンビニ内を見渡し、目を輝かせていた。彼女からしたらここに来るのも一つの夢だったみたいだ。


 これはスイーツコーナーで立ち往生しそうだな。


 そんな風に思っていると、陽葵さんはスイーツコーナーなど気にせず、お菓子コーナーやホットスナックのコーナーばかりを見ていた。


 気づいてないのかな? せっかくなら全部見てもらった方がいい。


「陽葵様、向こうにスイーツコーナーがありますが」


「スイーツはいいです。お茶会やらで甘いものをたくさん食べていたので、お腹いっぱいです」


 お茶会とは、またセレブな事を…………。


「それよりも私はうすしおか、のり塩かで迷っています。どちらがいいと思いますか?」


「定番はうすしおですね。のり塩も美味しいですが」


「なるほど……………。では今回はうすしおにします。これからはいつでも食べれるので」


 そう言って眩しい笑顔を浮かべる陽葵。


「太らないようにはしてくださいよ。怒られるのは世話係である私なのですから」


「失礼ですね。私だってそれくらいは考えてます」


「そうですか。失礼しました」


「まさか、考えてないと思ってたのですか!!」


 驚愕の表情を浮かべる陽葵。

 その後、頬膨らまして怒った顔をした。


「すみません。ただ、あの部屋の惨状を見てからですと、あまりそういうのも気にしないのかなと」


「それは…………言えてますね」


 納得しちゃったよ。


 こんな調子で大丈夫なのだろうか。

 もう学園ではこのポンコツキャラとして定着しているんじゃないかとさえ思う。


「日高さん。このNチキも買っていいですか!」


「陽葵様のお好きなようにしてください」


 夕食後だぞ。どんだけ食べるんだよ。


 そうして陽葵はポテチとNチキを買った。


「ありがとうございます日高さん」


「感謝されることでは無いですよ。これも仕事ですから」


「ですが、ここまで寛容なお世話係はいませんでしたよ。ポテチを食べることさえ認められませんでしたから」


「私は飛翔様より、できるだけ自由にさせて欲しいと仰せられておりますので」


「なるほど、やはり父から頼まれたのですね」


 どこか納得したようにそう言う陽葵。


「私を縛っていたのは母だったんです。最も再婚してできた母なのですが…………」


「陽葵様はお母様から逃げるためにここに来たのですか?」


「そうですね。理由の一つではあります」


 この事を飛翔さんは知っているのだろうか? いや知らない可能性の方が高いだろう。

 知っているなら、すぐにやめさせたはずだ。


 子供を縛る母親か。出てった俺の母さんと同じだな。


「あっ、それと学園では私たちにはタメ口で接してください」


「どうしてでしょうか?」


「日高さんが世話係である事を学園の人に公表するつもりはありませんし、同級生に敬語を使う時はお近付きになりたい、つまりあなたに興味がありますという意思表示に捉えられるので、あまり使わない方が良いですよ。まあ本当にお近付きになりたいのであれば、使っていただいても構いませんが」


 ニヤリと笑みを浮かべ、そう言う陽葵。


「使いませんよ」


 俺がそう言うと陽葵は面白くないと言わんばかりの表情をした。


 世話係という事を秘密にするのは、俺のためだろう。

 人気者の三人の世話係と知れば、平穏な学園生活は送れない。おそらく、三人に近づくための窓口として言い寄られるに決まってる。


「でも陽葵様は敬語を使ってますよね?」


「私はこれが普通ですから。みんなも理解してくれてるんです」


「でしたら俺もそうすれば良いのではないでしょうか?」


「神代には少なからず、外部生を嫌う風潮があるのはご存知ですよね?」


「はい」


「理由は、外部生の多くが、一般的の家庭の人が多く、富裕層の人間に媚びを売るために来た、という勝手な偏見から来るものなんです。入学するだけでもそういう目で見られるのに、敬語なんて使ってまうと、どうなるか想像できますか?」


 あからさまに媚びを売っているのがバレて袋叩きか。


「………想像して鳥肌が立ちました」


 なるほど、そこまで外部生へのあたりは強いのか。


「分かりました。学園ではタメ口でいかせていただきます」


「はい。お願いします」

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