第3話 これがお金持ちか

「日高さんの事は父から聞いています。どうも家事が得意だとか。見ての通り、この家は散らかっています。すみませんがお掃除の方をお任せしてもよろしいでしょうか」


「承知致しました」


 俺はそう言って会釈をする。


「日高、堅いなぁ。同級生になるんだしタメ口でいいよ」


「いえ、ここでの私は世話係という立場なので敬語でいかせていただきます」


「そっか……………。まっ、日高の好きなようにしてよ」


「ありがとうございます」


 美穂さんって結構優しいんだな。


 その後、琴音意外の二人は自分の部屋へと戻って行った。


 俺は黙々と部屋の掃除を始めた。


「日高くん。君はこの仕事、自分でやりたいと言ったのかしら?」


「そうですね。家事には自信がありましたから」


「そう。ドンマイ」


 そう言って琴音さんは俺の肩を叩き、自分の部屋に戻って行った。


「えぇー………何それ…………」


 琴音さんは俺をからかっただけかもしれないが、不安なことを言ってビビらせてくるのはやめて欲しいものだ。


 そうして掃除をする事一時間。やっとリビングは綺麗な状態に戻った。

 それにしてもこの掃除機っての初めて使ったが非常に便利だな。


 後は台所か。

 というか引越してそんな経ってないのになんでこんなに汚くなるんだよ。


 あっ、そういえば琴音さん、この服を陽葵さんの部屋に持ってけとか言ってたな。


 よく分からんが、言われた通りにしとくか。


 俺は服を纏め、2階に上がった。


 ん?どの部屋が陽葵さんのだ。

 先に聞いておくべきだったな。


 仕方ない。順番に部屋をノックして聞くか。


 コンコン。


 俺は部屋をノックした。


「わっ!? な、なに?」


 この声は琴音さんか。

 それにしても驚き過ぎじゃないか?


「驚かせてしまい、申し訳ありません。陽葵様のお部屋はどちらにあるのか教えて頂けないでしょうか?」


「陽葵の部屋なら、二個隣よ」


「そうですか。ありがとうございます」


 俺はそう言って琴音さんの部屋を去った。


 二個隣だったよな。


 言われた部屋をコンコンとノックした。


「はい」


 中から陽葵さんの声が聞こえた。


「陽葵様。開けてもよろしいでしょうか?」


「あ、開けるのですか!? ど、どうしましょう…………」


 何やら困っているような口調でそう言う陽葵さん。


「都合が悪いのでしたらあとでもよろしいですよ」


 そう言うと部屋の中からボソボソと何か話しているような声が聞こえてきた。

 数十秒たち、陽葵さんがこう言った。


「いえ、は、入って大丈夫ですよ。遅かれ早かれバレる事ですし……………」


「? …………分かりました。では失礼します」


 俺は陽葵さんの部屋のドアを開けた。


「陽葵様。この服を………………はっ?」


 開けた先に広がっていたのは───汚部屋だった。

 服やタオルは散乱しており、引越しで使ったであろうダンボールが細切れになって床に落ちていた。


 足の踏み場がないな。


 どうやらリビングの散らかりは陽葵さんのせいだったらしい。


 目の当てられない惨状に固まっていると陽葵さんが口を開いた。


「あ、あの。どうされたのですか……………」


 体をプルプルと震わせ、頬赤くする陽葵さん。

 どうやら相当我慢しているようだ。


「あっ、えっと……………この服なのですが、まとめたら陽葵様の部屋に持っていけと琴音様がおっしゃっていたので」


「な、なるほど。ではそこら辺に置いておいてください」


「そ、そこら辺ですか……………」


 どう考えても置く場所が無いんだが。

 それにしても酷い状態だ。とてもじゃないが人間の住むような場所ではない。


「あ、あの陽葵様。よろしければこのお部屋も掃除しましょうか?」


「良いんですか?」


「もちろん。私は世話係ですから」


「すみません。ではお願いします」


 恥ずかしそうに頭を下げる陽葵さん。


 さて、どこから手をつけようか、と悩んでいると陽葵さんが暗い顔をしてこう言った。


「日高さん。私の事、軽蔑しましたよね……………」


「軽蔑なんてしてませんよ」


「気を使わなくてもいいんですよ」


「いえ、本当の事を言っているだけです。私には妹が居るのですが、片付けが苦手なのかいつも脱いだ服をそこら辺に撒き散らすんです。放っておいたら同じ状況になっていたと思います。つまりは苦手な事は誰にでもありますから、そのことに対して軽蔑なんてしません」


 むしろ、お嬢様が完璧じゃない人で良かったと思っている。

 親近感が湧いたというか、同じ人間なんだなと思えたから。


「でも妹さんはまだ小学生なんですよね?」


 この感じ、俺の家庭の事情は少し聞いてるみたいだな。


「今年から中学生です」


「でも日高さんの妹さんはまだ可愛らしいです。私はそれ以上の駄目人間ですから」


 陽葵さんはそう言って大きくため息をついた。


「私がみんなとここで住みたいと言い出したのは、生活力を付けるためでもあったんです。でも私は散らかすだけで、片付けることがなかなかできなくて…………」


 直したいとは思っているのか。


「さっきも言いましたが、人間、多かれ少なかれ苦手なものはあります。私はそんな皆様を支えるために来ました。なので陽葵様が完璧過ぎますと、私の仕事が無くなってしまいます。ですがもし、陽葵様が変わりたいと思うのでしたら、お手伝いしますよ」


「日高さんはお優しい方ですね。ありがとうございます。ではまたお願いします」


「はい。よろこんで」


 陽葵さんは俺の想像していたお嬢様とはかけ離れていた。もっと完璧で、俺が介入する隙すらないものだとばかり思っていた。

 まさかこんなにも───ポンコツだったとは。


 それから俺は部屋の片付けを開始した。

 服は畳んで棚に入れるか、クローゼットにしまった。


 ん?なんかベットの下にあるな。


 俺はそれを引きづり出した。


 手に取ったそれは───下着だった。


 すると横からバッとその下着を取る陽葵さん。


「すみません。これはき、着たやつなので………………」


 恥ずかしそうに顔を赤くさせ、そう言う陽葵さん。


 何故それを言う! 何か意味でちゃうし、余計に恥ずかしいだろ。


「………………そ、そうでしたか。すみません」


「い、いえ、謝る必要はないです。私が片付けなかったせいですから」


 気まずい。


 だがこの時一つ思った事がある。

 この家の世話係は俺一人だ。つまり、俺が三人の服を洗濯する必要がある。

 その時、下着はどうすればいいのだろうか。今みたいに男に見られるのは恥ずかしいと思うんじゃないだろうか。


「あの、陽葵様。一つお伺いしてもよろしいでしょうか?」


「はい。何ですか?」


「その………下着の洗濯は私がやってもよろしいのでしょうか? 男である私に下着を見られたくないと思うのは当然のことです。もしそうなのでしたら、別の方法を考える必要がありますし」


 俺がそう言うと、陽葵さんは少しの間、悩んでいた。


「そ、そうですね……………この家の世話係は日高さんだけですもんね。分かりました。で、ではこれは日高さんにお預けします」


 そう言って陽葵さんはさっき取った下着を渡してきた。


 まさかの展開に俺は動揺してしまった。

 てっきり自分でしますとでも言うと思っていた。いや、違う! 陽葵さんは洗濯機の使い方を多分知らない!


「分かりました。ではお預かりします」


 俺は羞恥心を捨て、平然と下着を受け取った。

 ここで変にリアクションをしてしまうと、陽葵さんはもっと恥ずかしがるだろうから。


 俺は残りの掃除も終わらし、洗う服を持ち、部屋を出た。


 2階をおり、洗面所にある洗濯カゴにその全てを入れた。


 他のと一緒に洗濯すればいいか。

 洗剤は…………揃ってるな。


 俺は背伸びをしながらリビングに戻った。


 するとそこには美穂さんの姿があった。


「あっ、日高!」


「美穂様。どうかされましたか?」


「えっとね。お腹空いた」


 その言葉を聞いて、俺は家の時計に目を向けた。


 時刻は夜の7時だった。


「では、そろそろ夕食としましょうか」


「日高の手作りか〜。なんか楽しみだなぁ」


 あまりハードルを上げないでくれぇ。

 俺、金持ちが食べるご飯とか知らないんだけど。


 俺は台所に行き、どデカい冷蔵庫を開けた。


 中には隙間が無いほどの食材が入っていた。


 スーパーにあるようなのとは違うな。どこから取り寄せてんだ?

 そんな疑問を抱いていると、美穂が冷蔵庫の中を指さしてこう言った。


「それ私たちの家の人間が栄養バランスとか考えて入れてったやつだから、多分数日したらまた自動で補充されると思う」


「……………便利なもんですね」


 何だそれ。俺の家にもそんな機能つけて欲しい。何気に買い出しが結構大変なんだよ。


「あっ、それと日高。無理にオシャレな料理作ろうとしなくていいよ。正直お高いだけの食べ物には飽き飽きしてるからさ」


 敬語もそうだが美穂さんは意外と俺を気遣ってくれている。

 それに人の心を読むのが上手い。


 そう言ってくれるなら、無理しなくていいか。


「では、私の得意料理である。カレーはどうでしょうか?」


「おっ、良いねカレー」


 カレーは我が家でチャーハンと同じくらいに作っていた。

 理由はたくさん作って数日食べられるから。それに具なしのルーだけでも十分美味しいからだ。


 この家には具材が沢山ある。

 きっと今までにないものができるはずだ。


「美穂様。調味料はどこにありますか?」


「下の引き出しに入ってると思うよ」


 俺は言われた通り、調理台の下の引き出しを開けた。


「これ凄い!クミンにシナモン…………おっ、ローリエもある。これなら、いつもの市販じゃなくて本格的なの作れるなぁ〜!」


「日高。なんか楽しそうだね」


 そう言われて俺は自分の世界に入っていたとこに気がついた。


「失礼しました」


「いいよ気にしなくて。これから一緒に暮らすんだし、気楽にいこ! じゃないと疲れちゃうよ………………」


 そう言う美穂は俺を心配そうに見ていた。

 何か、思うところがあるのかもしれない。


 俺はまな板とナイフを用意き、慣れた手つきで野菜や肉を刻んでいく。

 大きな鍋に水を入れ、刻んだ野菜やお肉を入れて、煮込んでいく。

 料理をしながら時折、こちらを見てくる美穂に視線を向け、あえて大胆に玉ねぎを切ったりしていた。

 美穂はそれを見て「おぉー!」と驚いた顔を浮かべていたので、少し嬉しかった。


 香辛料などを入れしばらく煮込んでいると、匂いにつられたのか、琴音や陽葵も部屋から出てきた。


「この匂い、もしかしてカレー?」


「そうだよ琴音」


「カレーなんていつぶりでしょうか」


「少し楽しみね」


 不満がないようで良かった。


 煮込むこと数十分。

 カレーが完成した。ちょうどよくお米もたけたので、皿に盛り付けていく。


 サラダも盛り付け、テーブルに三人分並べた。


「どうぞ。お召し上がりください」


「あれ? 日高は一緒に食べないの?」


「ええ、私は皆様が食べ終えた後でよろしいです」


 さすがに自分から一緒に食べるなんて選択は出来なかった。


「そんなこと言わずに日高さんもご一緒してください」


「そうよ。後で一人で食べるより、今一緒に食べた方が効率的じゃないかしら?」


「よろしいのですか?」


「もちろんだよ!」


 別に一緒に食べることが嫌という訳では無い。

 ただやはりお嬢様と一緒に食べるのは少し緊張する。


 食事の作法とか勉強しておけば良かった。

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