第2話 世話係始めます

 俺の家は貧乏だ。それも超がつくほどに。

 俺が小学生の頃、父さんの会社が倒産し、多額の借金を背負う事になった。

 母さんはそんな父さんに痺れを切らし、俺たちを置いて出ていった。

 その点に関してはあまり悲しくもない。母さんの事はずっと嫌いだったからだ。


 会社が倒産してから、父さんはあまり家に帰ってこなくなった。

 まともな職についているのか、バイトしてるのか、はたまた何もしていないのか分からない。

 でも家に帰ってきた時は俺たちが暮らせるようにお金を置いていってはくれている。

 まあ全然足りないんだが。


 俺には三歳年下の妹───しずくがいる。

 兄である俺としては雫には元気に育って欲しい。だからいつも俺は雫の方に多くご飯をあげている。

 それでもひもじい生活は変わらない。

 高校生になったらバイトを始めよう、と思っていた。その事は父さんにも話していた。


 そんな時に舞い込んできたのが世話係の仕事だった───。


「おい! 日高! お前にピッタリな仕事を貰ってきたぞ!」


 そう言う父さん。


「えっ?」


「住み込みでご飯もでる。家もこんなボロくさい場所じゃなくてもっといいところだ。しかも給料も良い。どうだ?」


「どうだ? じゃなくて、まず何の仕事か教えろよ」


「ずばり、世話係だ」


「世話係?」


 俺は父さんがどこからその仕事を持ってきたのか、どうして俺に任せてきたのか、色々疑問だった。


「実は父さんが通ってた高校の同級生に四条 飛翔かけるってやつがいるんだよ」


「えっ? 四条飛翔ってまさか、四条グループの?」


「ああ。そうだ」


 この時ばかりは驚いた。

 四条飛翔の事は知っていた。新聞でよく見かけたからだ。


「てことは父さん。神城学園に通ってたって事?」


「そうだぞ。あれ、言ってなかったっけ?」


 そう言って首を傾げる父さん。


「いや、初めて聞いたよ」


「兄さん。神城学園って賢いの?」


「賢いなんてもんじゃないよ。天才の集まりだ」


「て、天才!!」


 興味ありげにそう言う雫。


「それでだな。飛翔の娘がその神城学園に在籍してるんだが、来年から高等部に上がるんだ。それと同時に友達と一緒に暮らしたいと言い出したらしい」


「へぇー……………? えっと、まさか。住み込みの世話係って」


「ああ、お前もその家に住んでもらう」


「嘘だろ……………」


 ただでさえ女子と話した事なんてほとんど無いのに、お嬢様ととか……………しかも複数人。


「でも父さんなんでそんな仕事を任されたの?」


「それはな。高等部に入ると放課後の校則がだいぶ緩くなるんだ。例えば寮生なら、門限まで校外のどこに行っても良くなる。飛翔の方針としては校則意外で娘を縛ることはしたくないらしくてな。でも女の子だけで外をふらつかせるのは心配なんだと。まあ家が家だから、危険もあるんだろう。それでいつでも娘に付き添える男の世話係が欲しかったという訳だ」


「ほとんどボディガードじゃん。俺、ヤンキーに絡まれても倒せないよ。絶対、別の人の方がいいと思うんだけど」


「娘さん本人が自分たちに近い人を望んでるんだとさ。友達感覚で関われるみたいな感じのな」


「そうか。…………ちょっと待って、いつでも付き添える世話係ってことは、まさか───」


「ああ、日高には神城に通ってもらう」


 受験生なら、誰でも一度は思うだろう。いい高校に通いたいと。神城は外部入学も受け付けている。少しは夢をみたくなるものだ。


「学費はありがたいことに向こうが負担してくれるんだとさ。まあ日高の意思もあるし、試験もちゃんと受けてもらう。実力不足ならこの話は無くなるがな。それで日高はどうする?」


 俺は悩んだ。神代には行ってみたいし、行けたら将来が保証されているようなものだ。

 だが外部生に少し風当たりが強いというのを聞いたことがある。


 まあ最悪ぼっちになるくらいか。


「父さん。俺その話受けるよ」


「おっ、やる気か」


 誇らしげな笑みを浮かべる父さん。


 俺の学力が神代に届くか試してみたい。


「うん。それで神城合格して、雫の学費とか稼いでくる」


「おお! 父さんの生活費もな」


「それは自分で稼いでこいよ」


「えぇ………まあその通りだけどさ。冷たくない……………?」


 そんな感じで俺の世話係の仕事は決まった。


 そこからは今まで以上に勉強三昧だった。

 遺伝かは知らないが、俺はどちらかと言うと覚えが良い方で、テスト勉強で困るようなことはあまり無かった。


 そうして俺は神城に受かった。

 今までに無い達成感で、思わず叫んでしまった程だ。


 高校に入るまでの期間中に向こうは引越しをするのだという。

 それが済んでから正式に世話係として雇われるんだとか。


「日高なら出来るって父さん思ってたぜ。ガハハハハハ」


「父さんは笑ってないで、仕事してこいよ」


「だから冷たいって」


「兄さん。おめでとう」


「ありがとう雫」


 正直、この家から離れるのは少し寂しい。

 世話係とは毎日ある仕事だ。そう簡単には帰って来れないだろう。

 でも家族を支えられるようになるのは嬉しくもあった。



 ※



 そうしてついにその日がやってきた。

 俺の住んでいるボロ家の前に黒塗りの高級車が止まっていた。


「飛翔。日高の事、頼むぞ」


「もちろんだ」


 本当に友達だったんだな。


「初めまして蒼井日高です。父がいつもお世話になっています」


「ハハハ。啓示けいじがお世話になっているか。面白いことを言うね日高くん」


 どういう事だ?と俺は疑問に思いながらも車に乗り込んだ。


 父さんと雫と別れ、車は進んでいく。


「日高くんはお父さんの事は好きかい?」


「父ですか。…………好きですよ。今何してるのかくらいは教えて欲しいですけどね」


「そうか、日高くんにも言ってないのか。啓示らしいな」


 どこか懐かしむようにそう言う飛翔さん。


「僕はね。運がいいんだよ。君のお父さんに出会ってなかったらここまで成功していなかった。僕は君のお父さんに感謝してるし、尊敬してるんだよ」


「そうなんですか……………」


 四条グループの代表に尊敬される俺の父さんって一体何者なんだ?


 車に乗ること数分、ある高級マンションの前に止まった。


「日高くん。すまないが私はこれから仕事があってね。陽葵達には伝えてあるから、この鍵を使って中に入ってくれるかな。部屋は30階の3002だから。それからこれ、仕事用のスマホだよ。三人の連絡先と僕の連絡先が入ってるから、何かあったらいつでも連絡してくれて構わないからね」


 そう言って飛翔さんは俺にスマホを渡してきた。


「分かりました」


「じゃあ日高くん。三人の事よろしく頼むよ」


「はい。お任せください」


 俺はそう言い、車が見えなくなるまで頭を下げていた。


 それにしても驚いた。こんな高層マンションに住んでいる人がいるとはな。


 俺は鍵でエントランスのドアを開け、エレベーターで30階まで上がった。


 そして3002の部屋のドアを開けた。


 なんか泥棒してる気分だな。インターホン押した方が良かったかも。


 というか玄関だけで俺ん家くらいありそうだな。しかも床はタイルか……………うん、格が違うな。


 俺は丁寧に靴を脱ぎ。

 長い廊下を進んでいく。


 リビングのドアに手をかけ、一息ついた。


 玄関には三人の靴があった。ていうことはこの奥にもう誰かいるかもしれないってことだよな。


 緊張する。


 俺は気を引き締めドアを開けた。


「初めまして、えぇー…………嘘だろ」


 広いリビングには服やらゴミやらが散乱しており、足の踏み場がほとんどない状態だった。


「ん?誰か来たの〜」


 すぐ側にあるソファーから桃色の髪が飛び出した。


「あっ、初めまして。今日からお世話係をさせていただきます。蒼井日高と申します」


「蒼井…………日高…………。あっ、そういえば陽葵が来るって言ってたな」


 この人は確か、花沢美穂さんだったかな。


「陽葵! お世話係さん来たよ!」


 美穂がそう言うと、2階の方から「ほんとですか!」と言う声が聞こえた。


「君が私たちの世話係ね」


 リビングの傍にある台所の方から黒髪ロングの少女が現れた。


「は、はい。蒼井日高と申します」


「私は桜崎琴音よ。見苦しいところを見せてしまって申し訳ないわね。片付けは苦手なの」


「あはは………そうお見受けします………」


 そう言っていると、突然2階のドアがバンと勢いよく開いた音がし、少女がバタバタと騒がしく階段を降りてきた。


 亜麻色ロングの可愛らしい少女だ。


「お待たせしてすみま───キャッ!」


 その少女は床に散乱した服に足を滑らせた。


 俺は手を伸ばし、少女を支える。


「大丈夫ですか?」


「は、はい。ありがとうございます」


 少女は起き上がり、身なりを整え、俺を一直線に見つめた。

 その姿勢には目を引くものがあった。


「初めまして。私は四条グループ代表───四条飛翔の娘、四条陽葵です。蒼井日高さん、これからよろしくお願いします」


「よ、よろしくお願いします」


 これが金持ちの令嬢か、どこか大人びてるな。


 ───この時の俺は知らなかった。


 世話係がものすごく大変な仕事だとは。

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