第13話 雨のファミレスにて
学校のそばにあるファミレス。いくつかの席には世継学園の制服を着た生徒たちが座っている。テストが近いのか、いずれの机にもノートや問題集が広げられ、あぁでもないこうでもないと頭を抱えている様子がうかがい知れた。
「僕はコーヒーを頼むけど、何か食べます?」
窓際の席で向かい合わせに腰を下ろした井上が、メニューを見ながら問う。
「えっと……」
お腹はすいていない。カフェラテがあればそうしようかとも思ったが、残念ながらないようだ。あやめはメニューの後ろにあるデザートやドリンクのページを見ながら悩む。
「ここのアップルパイは美味しい上にリーズナブルでおすすめですよ」
井上が勧めるアップルパイはメニューの左端に大きな写真で載っていた。四角いアップルパイの上に、バニラアイスが乗せられている洒落たスイーツである。値段も見た目より安いようだ。
「確かに美味しそうですね。ワタシはアップルパイにします」
断る理由もないので勧められるままにそれを選ぶ。
「了解」
言って、井上は店員を呼んで注文を済ませる。
「――よく来るのですか?」
店員が去ると、あやめはなんとなく訊ねる。世継学園の生徒たちが出入りする店には違いないのだろうと店内の様子から想像できた。
「友達と来ることはありますよ」
井上は窓の外を眺めながら答える。雨は止む気配なく降り続いている。通りを歩く人々も世継学園の制服に身を包んでいた。おそらくこの店は通学路に面しているのだろう。
「貴家さまも来るのでしょうか?」
「彼はあまり立ち寄らないかな。真っ直ぐ家に帰ることが多いから」
「そうですか」
そこでコーヒーが届く。井上はミルクだけカップに足すと、一口すする。
「――で、訊きたいことって?」
暗い瞳があやめを見つめる。
「あなた様が仰ったことが気になって……」
「怪我をしたくないなら、貴家礼於とは付き合わないほうが賢明だって言ったこと?」
「はい」
あやめは素直に頷く。
「笹倉一葉さまとも関連があるのですか?」
一番知りたいのは笹倉一葉についてだ。今の貴家を作る大きな原因になっているように思えてならない。
「カズハを知ってるの?」
大して驚いた様子はなかった。井上は興味深そうに訊ねる。
「えぇ、貴家さまからお聞きしております」
「彼は何て言ってました?」
「井上さまと共通の幼馴染みであり、前に付き合っていたと。――そして、すでに他界していると」
貴家が苦しそうにしていたのを思い出す。井上も一葉とは幼馴染みであったのだから、あまり触れられたくない話題かもしれない。あやめは後半の台詞を小声で告げた。
「へぇ……あなたにその話をするなんて、友達だと言っておきながらだいぶ親しいのですね」
「はい?」
どういうことなのかあやめにはピンとこない。
「カズハがどんなふうに死んだのか、知ってる?」
井上はあやめの疑問に答えることなく次の問いを投げる。
「いえ……」
あんな表情をする貴家に訊けるわけがない。だからこそあやめは井上の元を訪ねたのだ。
「交通事故ですよ」
「交通……事故……?」
「貴家さんとのデートの帰りにね。交差点で別れたあと、それぞれの家に向かう途中だって言っていたかな。信号無視で突っ込んできた乗用車にひかれて亡くなったんですよ」
「そんなことが……」
デートの帰りであったのなら、貴家は自分を責めたことだろう。優しい彼のことだ、家まで送るべきであったと悔やんだに違いない。
あやめは苦しくなった。
「死んだことは聞いていても、死因は知らなかったか。貴家さんでも、まだ吹っ切れていないようですね」
他人事のように淡々と告げる井上。その態度があやめには引っ掛かる。
「井上さまは平気なんですか?」
「何が?」
「幼馴染みだったのでしょう? 一葉さまと」
貴家が悲しみから抜け出せないでいるのは、より近しい人物であったからなのだろう。しかし、井上だって仲が良かったはずである。こんなに態度が違うのは不自然だ。
「だからなんだというのです? いつまでもくよくよしていたって仕方がないでしょう。ずっと引きずっていても、死んだ人間は蘇らない」
「それは正しいですけど……」
考え方は理解できるし正しいともあやめは思う。縁であればこんなことに引っ掛かることはなかっただろう。だが、気持ちとしては納得できない。
「――それにね、僕は彼女に忠告したんですよ。彼とは付き合わない方がいいって」
「どういう意味です?」
あやめが井上を見ると、彼は口元を笑みの形に歪めた。
「それまでにも、彼は告白されるたびに女のコと付き合っていました。ですが、どういうわけか付き合って数週間以内に怪我をするんです。絆創膏で足りる怪我から通院が必要な怪我まで。怪我をしても意地で付き合っていたコもいましたが、最後は入院しちゃったかな。だいたいが怖がって別れるんです。女のコたちの間では、ライバルが多いから祟られるんだって噂になっているようですが」
「偶然でしょう?」
貴家は多重世界シンドローム発症者である。いつ頃発症したのかは定かではないものの、付き合った人間が怪我をするのであればそうならないように願うはずである。
(貴家さまなら必ず願うはずです。ならば、その頃はまだ発症していなかったのでしょうか)
偶然だろうと言ったものの気になる話題だった。
「どうかなぁ」
言って喉の奥で笑う井上。その周辺がわずかに歪んで見えた。
(え?)
それはほんの一瞬で、多重世界シンドロームの発動だとは確信できない。
(まさか……)
そこであやめが注文していたアップルパイがテーブルにやってきた。
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