第12話 待ち伏せた相手は
多種多様なビニルの花が咲き乱れる。そのいずれもが雨に濡れ、きらきらと街灯の光を反射させる。
世継学園高等部の校門で、あやめは行き交う傘を眺めていた。お気に入りの黒い傘を差し、ある人物がやってくるのを待っているのだ。
(彼の行動は調査の対象外でしたから、こうするしかありませぬ)
夏が去ったばかりとはいえ、夕方でしかも雨が降っているとなるとだいぶ肌寒い。あやめはいつまで待っていれば会えるだろうかと学校の中を覗く。
「――おや? あなたは確か、貴家さんのカノジョさんじゃありませんか?」
視線の先に見覚えのある少年がいた。世継学園高等部の制服である紺色のブレザーを崩さずに着ている彼は、あやめに気付いて手を振った。
「あぁ、井上さま」
「うわぁ、僕にまで『さま』付けですか。貴家さんから聞いていたけど本当なんだね」
苦笑を浮かべて、井上はあやめのそばまで来ると立ち止まる。
「なになに? 下校中にデートですか? そう歳が変わらないでしょうに、あなたも余裕があるのですね」
冷やかしと嫌味の混じる台詞。
「いえ、違います」
あからさまであるので、さすがにあやめでもその意図はくみ取れた。笑顔を崩すことなくきっぱりと答える。
「照れなくてもいいんですよ。貴家さんを思いっきり誘惑して、成績を庶民レベルまで引き下げてくださいよ。そんで、遊んでいたことを悔やめばいい」
おっとりとした口調からだんだんと早口に変わる。暗い感情が詰まった笑みを浮かべて言う井上に、あやめは首を横に振った。
「ですから、違うのです」
「?」
「ワタシがお待ちしていたのはあなた様なのです。井上さま」
あやめが告げると、井上は目をぱちくりさせた。よほど意外だったのだろう。口を開きかけ、閉じたあとは黙っている。
あやめは続ける。
「お聞きしたいことがありまして、訪ねたのです。お時間はありますでしょうか?」
貴家から井上が彼と同じ世継学園に通っていることは聞いていた。だから校門で待っていればきっと会えるだろうと考えたのだ。他の情報を得られなかったので、ここで待ち伏せするしかなかったというのももちろんあるが。
「……え? 今日、これから?」
「はい。それほどお時間はいただきませぬ」
井上がなんと答えるか不安になりながら、あやめはじっと彼の顔を見つめた。
「ってか、二人っきりはまずくないの? 仮にも貴家さんと付き合っているんじゃないの?」
困ることでもあるのだろうか。井上はあやめから視線を外して問う。
「誤解されているようですが、ワタシは貴家さまのカノジョではありませぬ」
「――じゃあ、なんなの?」
凄みのある声。作られたにこやかな仮面からは想像ができない声。冷ややかな瞳があやめに向けられる。
あやめはわずかに身体を震わせた。
(やはり無謀だったでしょうか……)
井上を訪ねることにしたのは縁の命令ではない。貴家が告げた幼馴染み一葉について知るために、あやめ自身の意思で下界に来たのだ。
(しかし、委員会(モイライ)が混乱状態にある今、自分でどうにかせねばなりませぬ。監査部(ノルニル)を頼ることもできないですし)
なんとか自力でやらねばと心を奮い立たせ、井上を真っ直ぐ見つめて笑顔を作る。
「お友達、ですよ」
自分と貴家の関係を表す適当な言葉がすぐに見つからず、あやめはしぶしぶそう答えた。
「友達だって? へぇ」
井上はあやめの顔をまじまじと見る。
「――あなた、先月末から貴家さんのことをつけていましたよね?」
「!」
いきなりの問いに、あやめは顔を強ばらせた。
(何故、そのことを?)
貴家が気付いている様子はなかった。知り合うきっかけとなったあの日を除いては。それであるのに、井上はあやめが調査を開始した日をほぼ正確に言い当てている。驚きを隠すことができない。
「すぐに反論しないところからすると、僕の問いを肯定しているということでしょうか」
愉快そうに喋る井上の目は笑っていない。
「…………」
目を反らしたら負けだ、そう思うあやめであったが、耐えられなくて視線を外した。
「――いいですよ、緒方さん。あなたから誘ってきたのですから、お受けしましょう。こんな天気です。外で立ち話もなんですから、どこか店に入りましょうか」
言って、井上は歩き出す。
「……はい。場所はお任せいたします」
あやめは頷くと、井上のあとを追った。
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