22「今なら、間に合うんです」


「駄目だ」

「わっ!?」


 すぐ前に迫ってきた鐘馗しょうきさんのしんの両目は鋭くつりあがっているけど、彼が怒っているわけでないのはわかっている。後方で木花このはさんが驚いたように目を見開き、それからため息をついたのが見えた。


「……修復、できそうなの?」

「はい、おそらく、今までの経験からすれば」

「お前はまだ子供だ。しかも自力で身を守る手段を持たない。そんな者を災害現場に、……危険が潜んでいるかもしれぬ場所に、置き去りにはできない」


 鐘馗しょうきさんの正論には返す言葉もない。でも、エディターボードから修復できるのは施設オブジェクトの外観部分が残っている場合だけだ。

 森全体が風化し切ってしまった後では手遅れになってしまうから。


「今なら、間に合うんです」

「だが――」

「まぁまぁ鐘馗しょうきさん、そういうことならこうくんたちはここを離れないでしょうし、先にボルテと合流してさくっと見回りしちゃいましょうよ。それで他に遭難者がいなければ、私らのどっちかが残って護衛するでもいいんですし。こうくんも銀くんも、もう子供じゃないっしょ」


 言い募ろうとする鐘馗しょうきさんの襟を掴んで、木花このはさんが話をまとめてくれた。

 勢いよく振り向いて何か言い返そうとした鐘馗しょうきさんが、彼女の目を見て息を詰める。お二人ともそれぞれここで起きた過去を知って、思うところがあるのかな……。


「……むう」

「ひとまず結論は保留ってことで。銀くん、こうくんの護衛してあげるんだよ」

「はーい、おまかせくださいっ!」


 防御特化の呪いがあるから僕は大丈夫……と言う隙もなく、あざやかな笑顔とウインクを残し木花このはさんは鐘馗しょうきさんを引きずって去っていった。

 かなり体力と魔力を消耗した後だと思うけど、お二人とも大丈夫かな。今さら心配が募っていつまでも見送っていると、銀君に背中をバシバシと叩かれた。


「こーやん、頑張れー!」


 こんな状況で、そんな気の抜けた笑顔は反則だって。へらへら笑う銀君につられたのか、泣きたいような笑いたいような気分になってきて視界がぼうっとしてくる。

 うん、僕、頑張るよ。


「ありがとう銀君。……近くに日陰あるかな、結構時間が掛かっちゃいそう」

ほこらの陰でいいんじゃない? なんなら僕が日陰になってあげるよ」

「それは銀君が暑いと思う」


 銀君の勧め通りにほこらの影が落ちる場所へ座り、スマートフォンを取り出した。エディターボードを開き、全項目が編集可能になっているのを確認する。


 遺したいのは、書き留めるべきは、彼女の願いと、彼女が愛したこの国の物語だ。

 今は灰の森だとしても、この過酷な世界を逞しく生きのび、やがて緑あふれる美しい『黒の森』へと育ってくれることを願って。


 僕は、この記録をつづろうと思う。




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