21「空元気に決まってるでしょう」


 彼女の執念が宿ったこの森の中心は、水際で枝を広げて立ち枯れているかえでの木にある。異形化した大樹を滅ぼすという途方もないミッションだけど、鐘馗しょうきさんも木花このはさんも怯むことはなかった。

 お二人がまとう空気の変化を感じたのか森がざわめき始め、かえでの木がいきもののように動き始める。


 わかってはいても、敵として認識されるのは心にくるものがある。それでも僕はこの現実をしっかり見届けて、記録しなければ。怯えてなどいられない。

 そう決意したものの、全く鍛えていない動体視力で起きたことを正確に捉えることはできなかった。

 至近距離で繰り広げられた戦いは息が止まりそうなほどの迫力で、時間にすればあっという間。なぜか執拗に僕を襲おうとする白い木の根を見事な連携で弾きながら、魔法で強化された鐘馗しょうきさんの白刃が閃き――、気づけば、すべてが終わっていた。


「二人とも大丈夫!? 怪我とかしてない?」


 木花このはさんが気にかけてくれたけど、怪我なんてするはずもない。お二人の戦いはそれほどあざやかで、迅速だった。

 銀君も隣で銃をホルスターから抜いていざという時に備えてくれていたけど、出番なんてなかった。


「ありがとうございます、大丈夫です」

「良かった」


 僕らの無事を確認したあと木花このはさんは鐘馗しょうきさんの隣に立ち、もう一度根元だけになったかえでの大樹と向きあった。お二人のどちらからともなく手を合わせ、目を閉じる。僕と銀君も隣に行って一緒に手を合わせた。


 迷い続け、心を失った魂がどうか解放されて、安らげますように。

 そう心で祈ってはみたものの、僕はちゃんとした作法を知らないし、この世界で魂がどうなるのかも知らないでいる。だから……この祈りがどこへ届くのか、本当のことは何ひとつわからない。

 きっと鐘馗しょうきさんも木花このはさんも、同じだろうと思う。


 僕ら四人ともしばらくの間そうしていたけど、やがて周囲に異変が起き始めたことに気づく。白く変質しながらもうごめいていた木々が動きを止め、ゆっくりと崩れていった。緑を保っていた下草も徐々に干からび、白く風化してゆく。

 彼女の魂と執念が維持し続けていた森は、核となる遺志が浄化されてもはや形を保つことができないのだろう。

 急いでスマートフォンを取り出してエディターボードを開く。思った通り、編集画面に掛けられていたロックは解除されていた。これなら僕にもできることがありそうだ。


「さ、帰ろっか。っと、その前に、他にも囚われてる人がいないか確認したほうが良さそうだね。いったん引き返してボルテと合流したら、森のあった範囲を一巡して、遭難者がいれば保護。これでいいですかね、鐘馗しょうきさん」

「……お前は、元気だな。俺は今、身も心も空虚に満たされ、この世の諸行無常を噛み締めている」

「何言ってんですか、から元気に決まってるでしょうが。そんなにお腹が空いてるんなら、携帯食レーシヨンを口に突っ込んであげますよ。……さ、こうくんたちも」


 まだぼんやりしている鐘馗しょうきさんと、明るく振る舞ってはいるけど辛そうな木花このはさん。お二人は龍都の王様から依頼を受けて、調査のためここへ来たと言っていた。他に救助すべき人がいた場合、ボルテさんひとりで被害者を運ぶのは大変そうだ。

 本当なら僕らも龍都まで同行するのが、協力になるとは思う。銀君も魔狼になれるから、誰かを運ぶことはできるだろう……けど。僕にはすべきことが残っている。

 隣の銀君に視線をやれば、彼も頷いてくれた。だから思い切って木花このはさんに伝える。


「僕はここに残って、この『黒の森』を修復できるか試したいと思います。お二人は被害に遭われた方の救助を優先し、龍都に戻られてください」




 

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