19「そうして、森は大きく変質して……」


 敗戦を何度も経験し、国力は弱いまま、人口の少ない国家だった。やりアクティブな国王が就任し外交を強化したことで、ようやく国造りへ本腰を入れられるようになったばかり。

 維持費の安い『黒の森』と『白の湖』を大切に守り続けてきた小国だった。いつでも人手不足で、内政長官である彼女が森と湖の管理も引き受けていた。


 攻められることに慣れていた国は、あの大崩壊の日に放たれた呪い竜への対処も冷静だった。大国の気まぐれでまた戦争が始まったのだろう――と。

 国王は戦える者を率いて外敵の排除に繰り出し、内政長官の彼女は国家の資料や記録を保存してから戦えない住民たちを連れて避難する。

 森にさえ入れば呪い竜が追ってくることはなく、不自由はあれど安全にやり過ごすことができるからだ。少なくとも、今までは、そうだったのだ。


 けれど――このたびは何かが違っていた。建物の二階を優に超えるほど巨大な呪い竜が、木々を薙ぎ倒し道を踏み潰して追い迫ってくる絶望。国家の中核を担ってきた彼女にはそれが異常な事態であるとわかったけれど、どうすればいいかまではわからなかった。

 森も湖も自然資源であり、戦うすべなど備わっていない。せいぜいが壁を作って災厄の足止めを試みる程度。戸惑いと焦燥が、やがて怒りへ変質してゆく。


 望んでいたのはささやかなもの、穏やかで平和な日々だけだ。競い合い向上を目指せというのが神々の意志だろうと、武力を持たぬ国には戦争など災害と変わらない。

 繰り返す戦乱に大切なものを奪われ続けた。わずかに残されたものを大切に守り、生き延びてきた。

 それなのに、今度はすべてを根こそぎ―――奪おうというのか。


 彼女だけの想いではなかったのだろう。慎ましく敬虔に生きてきた人々は、ついに理不尽な神へ背を向けた。

 その日彼女らが祈りを向けた先は神様ではなく、泉の側にたたずむ小さなほこら

 日常の傍らにいつも在り続けた、黒の森そのものだった。


「――そうして彼女の魂は森と同化し、森は大きく変質して……呪い竜と住民たちを呑み込みました。国王様と戦いに出た人たちがどうなったかはわからないですが……」



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