18「なぜ……お前が背負わなくてはいけない」


 木々や枝は、無造作に積み上がっていたわけではなかった。だれかがここを隔離するため――バリケードとして積み上げたものだったんだ。


「いやー…なかなかにショッキングな光景だよね」


 痛ましげな銀君の呟きに頷くことすらできず、僕はただ目の前に広がる光景を呼吸も忘れて眺めていた。

 透明な水を湛えた泉は想像より大きくて、水路のような流れが森へと続いている。水際にとりわけ大きな木が立ち枯れており、根元には小さなほこら。その周囲は白いれきに埋め尽くされていた。


 ここまで旅をしてきて、わかったことがある。自然風景ではありえないこの白いれきは、かつてなにかであったものだ。

 泉を中心とした狭い範囲を取り囲むバリケードは、ここに逃げ込んだ人々を危険から守ろうとしたものかもしれない。その危険が呪い竜だったとしたら、この程度では高さが足りるはずもなく……。

 鐘馗しょうきさんも木花このはさんも、想像していることは同じだろう。


 世界が壊れる前、ここは『黒の森』という施設だった。つまり国家があって、この森には管理人もいた。

 あの大崩壊の日に、呪い竜は城を攻撃するものという共通認識を持った住人たちが避難場所に森を選ぶのは自然なことだ。水があり食糧も休み場も見出せる安全地帯。過去に戦争が起きた時もずっとそうしてきたのだろうから。

 けれどあの日の呪い竜は通常と違っていた。建物や施設だけでなく、住民に対しても攻撃を仕掛けてきた。加えてあの白い焔――ここへ逃げ込んだ人たちがどうなったか、広がる白いれきを見てしまえば想像に難くない。


 覚悟を決め、ポケットからスマートフォンを取り出す。祈る気持ちでほこらへと進み、慎重にひざまずいた。神様への作法はよく知らないけど、この森全体に何かの意思が働いているとすればその中心はここだと思ったから。

 背後から砂を踏む音が聞こえて、振り返ると鐘馗しょうきさんがすぐ側に立っていた。昨夜の話から僕が何をしようとしているか気づいたんだろう。鋭いそうぼうを気遣わしげに細めて僕を見るは、泣く寸前のようにも見える。


「お前は、重くないのか。終わった者を見届けることが。救えなかった事実を突きつけられることが。どうしようもなかった全てを、なぜ……お前が背負わなくてはいけない」


 ――心配して、くれている。言葉少なに向けられる気持ちが胸にみて、僕も泣きそうになる。

 重くない、とは言えない。わからない、というほうが今は近い。なぜ自分が、というより、僕なんかでいいんだろうか、という不安のほうが大きくて。

 でも、きっと。僕が知って、書き留めることは、ここで生きて死んでいった人たちへの弔いになると思うから。


「大丈夫、です」


 どう答えれば気持ちを伝えられるかわからずひどく素っ気ない言葉になってしまったけど、鐘馗しょうきさんは痛みをはらんだで微笑んだ。そして僕の隣にそっとひざまずく。

 ほこらの前にスマートフォンを置いて二人で手を合わせた――その瞬間。


 強烈なイメージが僕の中へ、流れ込んできた。



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