12「いい所を見せてやりたいのかも」


 木花このはさんの口調は明るいけど、表情に困惑が見て取れるので状態は深刻そうだ。


「僕より深いってことは、結構前から森に囚われてた可能性です?」

「そうだね。龍都の軍務長官によれば、異常が生じている報告が上がったのは一週間前。派遣された調査員が行方不明になったってんで、私らに相談が来てねえ。彼がここに来てすぐ事故ったとすれば、少なくとも三日は経ってるしちょっと心配かな」


 銀君と木花このはさんが話している隙に、僕はこそっとスマートフォンを出してエディターボードを開いてみた。うん、やっぱり、思った通り。

 今は白く枯れ切った森だけど、ここは国家施設『黒の森』で間違いない。タイトル欄に記されたエリア名にそう書いてあるからだ。


 スクロールし、いつものように説明文の文字化け具合を確かめようとして――初めて見る異常に僕は思わずフリーズしてしまった。

 何これ、テキストボックスが開けない。編集機能にロックが掛かった読み取り専用状態なんだろうけど、どうやってアンロックできるのかもわからない。


「ご馳走様でした! じゃボルテ先輩パイセン、どうぞよろしくお願いします!」

『ぱいせん……とは何だ? 私はパイでも煎餅でもないぞ。畏敬の念を込めてボルテ様と呼ぶがいい』


 すぐ耳元で聞こえるやり取りに、はっと我に返る。隣の銀君は貰った肉をとっくに食べ終えたらしく、いつの間にかボルテさんも近くに来ていて銀君と意気投合したようだ。

 何かに気を取られると音も声も聞こえなくなるの、僕の悪い癖だよ……。


「うぃっす、それじゃボルテ様って呼びまっす」

『うむ。魔狼のわっぱの癖に素直ではないか。では木花このは、私はもう一巡してくるぞ、追加の魔力を寄越せ』

「はいはーい。ありがと、正直すごい助かる。ボルテも銀くんも気をつけてね」


 ボルテさん、さっきまであんなに不満そうにしてたのに、木花このはさんから魔力を受け取り銀君を連れて意気揚々と行ってしまった。もしかして銀君、また気を遣って席を外してくれたのかな。

 木花このはさんと鐘馗しょうきさんがふたりを止めないのは、ボルテさんへの信頼があるからなのだろう。

 藍白と赤紫という対照的な色味のふたりが白く枯れた木々の向こうへ消えてゆくのを見送ってから、木花このはさんは可笑しそうにふふっと笑った。


「銀くんが魔狼だっていうのも驚いたけど、ああいうボルテも珍しいんだよ。相手が狼種の子供だからいい所を見せてやりたいのかもねえ」

「……調子に乗って、やり過ぎなければいいがな」

「そこは心配ないですよ。子供がいるからこそ無茶しないで退くでしょ、ボルテなら」


 お二人はそう言葉を交わして目配せし合う。それから、鐘馗しょうきさんのしんそうぼう木花このはさんの梅紫のそうぼうが揃って僕を見た。


「……さて、洗いざらい吐いて貰おう」

「だーからっ、この後に及んで言い方ァ! もうこうくんも慣れたよね、大丈夫だよね? 要するにつまり、この力皆無の石頭が言わんとしてるのは」


 今さらお二人を怖いとは思わないけど、やっぱり緊張はする。

 無表情で迫ろうとした鐘馗しょうきさんを阻止するように割り込み、木花このはさんは息を詰めた僕に明るく微笑みかけて、言った。


「お肉も美味しく食べて満足したし、そろそろお互い腹を割って話そうぜ、ってこと」




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