10「僕の胸で存分に泣くがいいよ」


 驚くべきことをサラッと説明して、木花このはさんは事情の重さを感じさせない明るい表情で笑った。

 そんな……だったらお二人の『体』は今、どういう状態なんだろう。ラノベにありがちな転生の切っ掛けを想像して胸がざわつく。想像し始めればどんどんと悪い方向へ思考してしまい、何を言ったら良いかもわからなくなって不自然な沈黙が落ちかけた、その時。


「えぇぇ、肉っ!? 肉の匂いがする!」


 場違いに明るい声が気まずくなりかけた空気を吹き飛ばした。僕と木花このはさん、鐘馗しょうきさんとで思わず振り向き見た先では、さっきまでこんとうしたように眠っていた銀君が上体を起こしていた。――良かった!


「銀君! 大丈夫!?」

「うーん、なんかすっげー恐ろしい目にった気がするけど……こーやんも無事だったみたいだし良かった。あの、もしやお二人が助けてくれました?」


 火明かりを受けてキラキラ輝く真紅の目が、木花このはさんと鐘馗しょうきさんを交互に見る。

 コミュ障で口下手は僕とはまるで対照的な懐っこさに、お二人は意外に思ったのかびっくりしたのか――顔を見合わせた。ややあって口を開いたのは木花このはさんのほうだ。


「眠りか麻痺系の毒にやられた感じだったから解毒剤を打ったんだけど、効いたみたいで良かったよ。気分はどう? 食欲があるならこっちで一緒に食べようか」

「うわーっ、やっぱりあれヤバい敵性植物だったんすね……。ありがとうございます、助かりました。こーやんのことも助けてくれてマジ感謝です。肉があるのもめっちゃ嬉しいです!」


「ちょっ、おおだって」


 銀君が両手を合わせて拝み出したので木花このはさんが焦る。いつの間にか立ち直っていた鐘馗しょうきさんが銀君の謝辞を堂々と受け止めて言った。


「礼には及ばん。能力ちから持つ者として当然の働きを成したまでだ」

「いやいや、普通に気持ちは受け取ってあげましょうよ」


 そこに木花このはさんが突っ込む見慣れたやり取りが戻って、僕は心底ほっとする。

 良かった、お二人が仲直りしてくれて、銀君も怪我もなく目を覚ましてくれて。―あ、どうしよう、安心したら泣きそうになってきた。


「わわっ、こーやん大丈夫ー!? ごめんねー僕のこと心配したんでしょ!」

「……うぅ、銀君……良かったぁ」

「よしよし、もう大丈夫だからねー。僕の胸で存分に泣くがいいよ」


 ぎゅっと抱きしめられて頭をわしゃわしゃと撫でられればますます涙は止まらなくなり、僕は言われるままに銀君の胸を借りてしばらく泣いてしまったのだった。




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