6「距離感おかしいですよ」


 正論と正論がぶつかり合い、火花が散る。このお二人、どういう関係性なのかな。

 任務の内容も携帯食の品目も知らない僕が口を挟むことではないし、そもそもそんなコミュ力はないので、息を潜めて見ない振りをするのが良さそう。


『携帯食など固いばかりで腹の足しにならんではないか。何、お前たちが食わぬのなら私が全部貰ってやろう。このたびは私が最大の功労者なのだから、私の為に肉を焼くが良い』


 何かを言おうと口を開いた木花このはさんを遮って発言したのはボルテさんだった。そう、この狼さんすごく流暢りゅうちょうに喋れるんだよね。

 さっき乗せてもらった時には子牛ほどの大きさだったのに、いつの間にかサイズダウンして今は大きめの猫くらいだ。それでも、胸を張って堂々と宣言する姿には威厳が漂っていて、狼らしい風格がある。


 木花このはさんは深く溜め息をついて、さっきよりも小さな声で「仕事が増えるぅ」と呻いた。

 獲物を解体し調理の準備をして火をおこし焼いて……って手間が掛かるよね。任務だと言っていたし、他にすべきことや気に掛かっていることもあるんだろう。


「はいはい、わかりましたよ! もう、いつもろんなことばっかり言ってる癖に、食事の話になると正論でズンバラリなんだからぁ」

「あっ、僕も手伝います! 動物の捌き方は知らないですけどっ」


 せめて助けられたお礼に何かできればと声を上げたら、木花このはさんはローブの袖で目頭を押さえてしまった。ええと、お気持ちお察しします……。


 僕のケイオスワールドに関する知識はほとんど、プレイヤーとして持っていたものだ。

 こちら側の記憶を夢に見ることがあっても特定の出来事に限られていて、『四十路の古書店主だったこう』が築いてきた交流の記憶を引き継ぐことはできていない。

 話しているうちに少し思い出したのだけど、木花このはさんはうちの古書店の常連さんだった気がする。

 販売履歴で良く名前を見たし、イーシィとも仲が良かった覚えがあるし、もしかしたら以前の僕とは直接交流があったかもしれない。


 鐘馗しょうきさんの名前はとても有名だったので、プレイヤーの僕でも覚えていた。

 CWFけいふぁんにはいわゆるPvPコンテンツ、闘技場が実装されていて、特定のランク帯で勝ち抜くことによりポイントを集め、一週間ごとに総合ランキングが発表される。

 多少のランダム要素はあるにしても上位はほぼ固定のメンバーで、その中でも鐘馗しょうきさんは五位以内を常にキープするトップランカーだった。


 そんな強い人ならあの大崩壊を生き延びていても不思議はない。ただ鐘馗しょうきさんは僕が勝手に想像していたよりずっと優しい人で、ものすごく心配していた。

 枯れ木の固まりに引っ掛かっていた僕の姿は遠目からだとかなり痛々しく見えたようで、裾や袖をまくって無傷だということを見せてようやく安心してくれた。

 不安な中で触れる人の優しさはとてもありがたい。とはいえ僕は一般人なので、世界級の著名人に助けられて気遣われ、食事の世話までされるのはおそれ多いというか恐縮しきりというか、近くで見ると背が高くて格好いいし声も低くて変な緊張が……。


「顔色が優れないな、こう。やはりどこか痛むか? 首や背中など知らぬ間に打ちつけて、今頃症状が出てきたのかもしれんぞ」

「いえっ、それは、だ、大丈夫なんです! ちょっと、緊張してるだけで」

「ちょっと鐘馗しょうきさん、距離感おかしいですよ。こうくんが噛みつかれるんじゃないかって怯えてるでしょ」


 隣に来た木花このはさんに後ろ襟を掴まれ引っ張られて、鐘馗しょうきさんがぐえと呻いた。

 なんかすみません、決してそういう心配をしていたわけではないんですけど、凄い美形が迫ってくるって一般人には刺激が強すぎますよね。




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