5「仕留めたから、肉を食えるぞ」


「いやーもう本当びっくりしちゃったよ。妙に規則性ある点滅だから誰かが助けを求めてんのかも、とは思ったけど、まさかモールス信号だなんて。大丈夫? 痛い所はない?」


 あのあと僕は、駆けつけてくれた二人と青白い毛並みの狼さんによって迅速に救助された。

 まず鐘馗しょうきさんが僕のいる場所へ飛び移って状況を確かめ、狼のボルテさんが小さな分身を作り出して脚を咥え込んでいた枝の隙間を押し広げ、それから鐘馗しょうきさんが枝を叩き斬って引っ張り出してくれた。

 その間、五分も掛からなかったと思う。


 僕は本体ボルテさんの背に乗せられて地上へ運ばれたんだけど、鐘馗しょうきさんはなんと崖を登って地上へ戻ってきた。

 驚くほどの運動能力も身軽さも、その名前を聞けば不思議ではない。なんたって彼はCWFけいふぁんがまだゲームだった頃、闘技場のランカーとして名を馳せていた人物なのだから。


「ありがとうございます。はい、怪我は、してないので。僕より、銀君が心配です」

「あの子も見た感じ、怪我はしてないんだけどねえ。呼吸も安定しているし、もう少し様子見しようか」

「はい」


 大丈夫大丈夫、と木花このはさんはにっこり微笑む。和のテイストが入った茶系のローブで身を包み、黒みがかった紫色のショートボブ、目の色はやわらかな印象の梅紫色、と見るからに現地の人っぽい。

 もっとも僕も今は色変ありの銀髪と薄い青紫の目だから、ザ・ファンタジーな配色でも現地人ではない可能性はあるんだけど。


 なんとなく、木花このはさんと鐘馗しょうきさんは僕と似た境遇のような気がしていた。モールス信号が通じたこともだし、木花このはさんは僕を見て「えっ、それ、スマホ!?」と驚いていたからだ。

 僕のように現代日本から何らかの手段で転移してきたか、少なくとも向こうの知識を持っている可能性が高い。

 銀君も動く木の根に襲われたらしく、木花このはさんが捜して救出してくれたもののまだ目を覚ましていないのだった。銀君がいつ起きるともわからない状況で日本の話をするのは気が進まない。


 こういう場合に不自然を感じさせず話題を変えるって、上級者テクニックだよね。うう、僕にはハードルが高いよ……。

 切っ掛けを求めるように視線をさまよわせていたら、枝を踏みしだく音が近づいてきて、折り重なる枯れ木を押しのけ背の高い男性が現れた―鐘馗しょうきさんだ。傍らには、尻尾が藍色で身体全体は青白い毛並みの狼、ボルテさんもいる。


「ボルテと一通り見回って来たが、今のところ問題なさそうだ。ついでに襲って来た妖獣を仕留めたから、肉を食えるぞ」


 漆黒の髪に白っぽいコートという出立ちはスタイリッシュな大学生って雰囲気だけど、その下の白装束と勾玉の首飾り、頭の横に装着している白の狐面としんそうぼうは、日本神話の神様を連想させる。

 ワイルドな台詞とともに手甲をめた右手で獲物を掲げ、ニヤリと笑う姿は文句なしに格好良かったけど、木花このはさんはあからさまに眉をひそめた。


「わァ……携帯食レーシヨンもあるのに敢えての魔物肉って、狩猟民族じゃないんですから。毒とかあったらどうするんです? やめときましょ?」

「狩ったからには命をいただくのが礼儀だろう。それにこれは『ブラックガルム』といって、龍都の食堂にもきようされている食用可能な獣だ。捌き方も店主に教わっている。木花このはは何も心配せず火をおこして待つがいい」


 あれ、黒獣ブラツクガルムって確か。聞き覚えある名称とそこから連想する設定に気を取られ思考に沈みかけていると、隣で木花このはさんが鐘馗しょうきさんには聞こえないくらいの小声で「面倒くさ……」と呟いた。

 わぁ、美人が凄むと迫力がある……。


「何でそんなに生き生きしてんですか! 私ら別にサバイバル体験ツアーでここに来てんじゃないですからね!? さっさと食べてさっさと寝て、早起きして調査! その任務をお忘れなきよう」

「そこに異論はないが、食事、睡眠、鍛錬、いずれかを欠けば万全とは言えず、事故も起こりやすくなる。それは俺だけではなくお前にも、陛下にとっても望ましくないことだが?」






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