2「答えたくなければ流してくれ」


「えっ……と、はい、少しいろいろ」


 久しぶりにお父さんと話していたら感極まって泣いちゃいました、とは言えず、あいまいに濁して流そうとしたのを木花このはさんは別方向へ解釈したらしい。


「ちょっとちょっと鐘馗しょうきさん、しつけにそれはないですわ。ホント、デリカシーってものを覚えてくださいよ。こうくんは繊細なんだから!」

「そう、なのか? すまないな、答えたくなければ流してくれ」


 すみません、心配をかけちゃって! 僕は繊細なんじゃなくひ弱なだけです!


「いえあの、そんなに深刻なことではないので気にしないでください」

「ですにゃん。泣いてすっきり、いちおは解決しましたのにゃ」


 僕の返答にも気遣わしげな表情を見せていた二人だったけど、イーシィの口添えを聞いてようやく安心してくれた。

 促されて席につき、手渡されたメニューを開く。朝用に少しラインナップが変化しているけど、品目はやっぱり日本のファミレスっぽくて安心感がある。


「それならいいんだけどね。さぁさ、何が食べたい? ここは優しい先輩たちがおごってあげようじゃないの」

「ここで会ったが百年目、というわけだな」

「わざとなんですか天然なんですかどっちなんですか」


 息ぴったりの掛け合いに、思わず笑ってしまう。目を輝かせて唐揚げ定食を選ぶ銀君と、頷きながら「やはり肉だ」とか言っている鐘馗しょうきさん。二人を横目に木花このはさんも好きな物ををオーダーしている。

 僕はどうしよう、道中で色々な人に食べ物をもらったから、正直あまりお腹は空いていないのだけど。

 とりあえず、とお冷やをいただいたら、イーシィがもふもふの前足を僕の腕に乗せて、上目遣いで話しかけてきた。


「こーにゃん、サンドイッチはんぶんこしますかにゃ?」

「うん……でもそれだと、しぃにゃんが足りないと思うよ」

大丈夫だいじよぶですにゃん。お野菜やしゃいのサンドはこーにゃんにあげますにゃ」


 好き嫌いの話だった!

 だめだよ、と口にする前に、デザートのページを見ていた木花このはさんが「えっ!?」と声をあげたので、出掛かった声を飲み込む。

 知的な印象のそうぼうが今は驚いたように見開かれ、僕とイーシィを見比べていた。思わず、姿勢を正す。


「どうした木花このは、季節限定のスイーツが品切れしていたのか?」

「違いますぅー! いや私の勘も鈍ったものだわ。まさか、こうくんがこーにゃん……あの『幻想古書店』の店主だったなんてね」


 不意打ちの看破に驚いた僕は飲もうとしていたお水にむせて、盛大に咳き込んだ。ミステリーで正体を暴かれた犯人の気分ってこんななのかも?

 いや、別に、正体を隠していたわけではないけど、面と向かって言われるのは恥ずかしすぎるというかなんかもう……。


「ふむ、そういえば木花このは魔導書グリモワールを求め、夜な夜な書店を彷徨い歩いていたな」

「だから鐘馗しょうきさん、言い方! 人を幽鬼リツチみたいに表現するのはやめてくださいね。わぁー、でもそれこそ奇遇ですわ。そっか、イーシィちゃんの『約束の人』はこうくんだったのか」

「そそ、そーなんですよ。ロマンですよねー!」

「……浪漫。良い響きだな」


 うわぁ、銀君まで乗ってきてなんかすごい恥ずかしい流れになってきた! たまれなくて穴を掘って隠れてしまいたい。

 現役大学生のお二人の目に、僕の言動はどう映るんだろう。不可解な現象で否応もなくこの世界に留められているお二人と、みずから選んでここへきた僕、境遇に共通項はあれど動機と経緯が決定的に違う。痛い子だと思われているかもしれない。


 そう、お二人は僕と同じくCWFけいふぁんの元プレイヤーで大学生の日本人。

 何の因果かCWFけいふぁん持ちキャラアバターに意識が同化したまま現代日本へ戻れなくなり、日本むこうの記憶を保ちながらこの世界ケイオスワールドで生活している――という、イレギュラーな存在なのだった。




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