第28話 結婚式と悪口

 結婚式には親族しか参列していない、それに披露宴は実施しない。

 このことは〈美幸〉側から打診してきた、俺も無駄な事に金を使いたくはないから、食い気味に了承したよ、ついでに〈新婚旅行もなし〉でどうかと提案しておいた。


 〈美幸〉と〈クズ部長〉が不倫をした場合にそなえて、金は出来るだけ使わない方が良いと考えたんだ。

 不倫する可能性は低いと思っているが、ラブホテルへ二人で入っていく情景を、薄くなったとはいえ忘れる事は出来ない。


 〈美幸〉側が披露宴をしたくない原因は、招待出来る人がごく少数のためのようだ。

 あまりにも〈美幸〉側の招待客が少ないと、俺の家族や親戚にどう思われるかを心配したんだと思う。


 〈美幸〉には披露宴に呼べるような友人がほとんどいない、学生時代はアルバイトに明け暮れていたから、友達と遊んだことがないと言っていた。

 それと付き合いのある親族も〈美幸〉にはいないらしい、両親が亡くなった時に疎遠そえんになってしまったと〈おばあちゃん〉が言っていた、金に困っているような親戚とは仲良くしたくないのだろう。


 ちなみに俺が呼べる友達も皆無かいむだ、だから俺の方も披露宴をしない方が良い、また親に「変わり者だ」と嫌味を言われて腹が立つだけだ。


 まあ最近は、披露宴どころか結婚式もしない人が多いと聞くから、何と言うこともない。

 それよりも、金を節約出来て万々歳ばんばんざいだ。



 〈美幸〉は真っ白のウエディングドレスを着ている。


 何とフリーマーケットアプリで見つけてきたたらしい、「少し汚れているの」と申し訳なさそうな顔をしていたが、近づかないと汚れは分からないし、費用がかからないのが一番だ。


 「とても綺麗だ、たまんないよ」


 そうめたのに、胸の谷間へ手を入れようとしたら、「もお、汚れてしまうでしょう」と怒ったのはいかがなものか、ウエディングドレスの時にエッチな事をするのが俺の夢だったのに。

 AVで学んだことが、実践出来ないじゃないか、俺は泣いちゃうよ。


 〈おばあちゃん〉が作ってくれた豪華な造花のブーケを両手で持ち、〈美幸〉は俺に微笑んでいたんだが、牧師さんに誓約を求められた頃から、〈美幸〉はグズグズと泣き出してしまった。

 〈おばあちゃん〉が泣き出したので、もう我慢が出来なかったようだ。


 「ぶぁい、ぢかいまず」


 何とか言えているのだろう。


 指輪の交換をする時に俺は指を間違いそうになった、婚約指輪が薬指にまっていたから、その隣の指につけようとしたんだ。


 〈美幸〉の指へ入れようとしたら、ものすごい圧が俺に襲いかかってきた、〈美幸〉が阿修羅あしゅらの目で俺をにらんでいる、ゾゾッ、怖い顔をしないでよ、どの指でも良いじゃないか。


 俺は〈美幸〉が動かした、既に婚約指輪が嵌っている薬指に、そっと結婚指輪を差し込んだ。

 重ねつけをしてほしいと言っていたのは、避妊具じゃなくて、指輪の事だったんだな。


 重なった指輪を満足気に見た〈美幸〉は、阿修羅から菩薩様ぼさつさまのようなおだやかな顔へ変わっている。

 ベールの下の〈美幸〉の顔には、幾筋いくすじもの涙が伝っていた、俺はそれをぬぐうようにキスをする。

 〈美幸〉の涙は塩辛くは無かった、純粋な水だと思う。


 指輪の交換でつける指を間違いそうになった時は、〈美幸〉がベールを引き千切ちぎ怒髪天を衝どはつてんをついて暴れると覚悟したが、それ以外はとどこおりなく結婚式は終了した。


 人って涙を流しながら、あれほど怒ったり出来るんだなと、言う感想を持った。


 参列者の方を見ると、兄さんは写真をバシャバシャ撮っているな。

 母親や兄嫁はもらい泣きしているぞ、それとみにくいいことに親父も泣いていやがる、なんでてめぇが泣くんだよ。


 式が終わって教会の外へ出ると、大勢の人達が俺達新郎新婦を待っていてくれた、違うか、俺は関係ないな〈美幸〉だな。

 この教会は〈美幸〉の家から、それほど離れてはいないから、近所の〈おばあちゃん〉や〈おじいちゃん〉が〈美幸〉の結婚を祝うため駆けつけてくれたらしい。


 「〈美幸〉ちゃん、幸せにおなりよ」

 「良くここまで立派にお育てになりましたね。 尊敬しますわ」

 「嬉し涙は良いけど、悲しい涙はもう流してはいけないよ」

 「お疲れ様です。 これで肩の荷が降りて本当に良かったね」


  「〈美幸〉ちゃん、おめでとう。 万歳ばんざい


 〈美幸〉と〈おばあちゃん〉が皆に囲まれて、バンザイと熱烈な祝福を受けている、俺の家族も一緒になってバンザイと手を上げているのは、どうしたもんだ。


 沢山の笑顔を向けられた〈美幸〉と〈おばあちゃん〉は、止めどなく涙を流しながら、お礼を言っているようだ、祝福の声が五月蠅くて聞こえない。


 兄さんはその光景をバシャバシャ撮っているが、ポツンとここに立っている俺は、どうしたら良いんだ。

 一緒にバンザイするのもおかしいよな、気づかれないようにすみに隠れておこう、お手上げ状態だ。



 新婚旅行はしないから、そのまま俺のアパートで新婚生活が始まった。

 〈美幸〉を家へ送っていく必要が無くなったので、抱き放題だ、お風呂でイチャイチャもし放題だ。


 だけど五階の階段はかなり辛いらしい、エコバッグを持ちフウフウと息を吐きながら、昇っているのを見かけた、何とかしないといけないかな。


 会社が同じだから一緒に通勤することになる、自転車の二人乗りで駅まで行っているが、そのうちお巡りさんに注意されるだろう、自転車をもう一台買う必要があるな。

 普通に考えたらバスって言う交通手段もあるか。


 会社では俺は盛大にからかわれてしまった。


 「どうしてお前みたいなヤツが、結婚出来るんだ」

 「世の中はやっぱり狂ってやがる」

 「マイ神社も無いくせに、どんな不正を働いた。 今直ぐ吐き出せ」


 これはからかわれているんじゃなくて、純粋な悪口のような気もしてきたぞ。


 でもこんな声は〈クズ部長〉が出張から帰ってきたら、ピタっと止んだ、仕事中の私語をネチネチと責めるケツの穴が本当に小さなヤツだからな。

 悪口が止んだのは良い事のようだが、〈クズ部長〉がいない方がずっと良い環境だ、〈クズ部長〉はとにかく人を不快にさせる存在だ。


 嫉妬を含んだ悪口は俺の承認欲求を満たしてくれていた面もある。


 「〈美幸〉と結婚したんだってな。 ヒヒィ、今はもう人妻か。 新婚だろう、楽しみだな」


 いくらお前が紹介したと言っても、他人の嫁を呼び捨てにするなよ。

 いやらしい笑い声を出しやがって、絶対に何かを企んでいるゆがんだ顔だな。


 廊下で偶然出くわした時は、まだ〈美幸〉は普通だった、夕ご飯は何が良いかと聞いてくれていた、ニコニコとした顔だったはずだ。


 でも俺がアパートへ帰った時には、〈美幸〉はすごく思い詰めた顔をしていたと思う。

 夕食を作る時にはいつもの鼻唄がなく、背中がとても暗かった、〈美幸〉の全体を黒い影が包んでいるように感じる。

 普段はテーブルの上に置いているスマホを、肌身離さずに持っているし、俺との会話もおざなりだったと思う。


 いよいよかと俺は考えた。

 〈クズ部長〉から不倫をするとの指示があったのは間違いない。


 〈美幸〉は〈おばあちゃん〉や祝福をしてくれた人を、悲しませる結果になることを恐れているんだろう。

 〈クズ部長〉はクズの名に恥じないから、〈美幸〉との行為の動画を、俺に見せつけて愉悦ゆえつひたるるはずだ。


 慰謝料を請求されないように、見せるだけで動画は送ってこないだろう、クズだからな。


 〈美幸〉を問い詰めても、言い訳にもならない弁解を並べられて、俺は浮気をし続けられるんだ。

 〈美幸〉は〈おばあちゃん〉や祝福をしてくれた人を悲しませないためにも、離婚することを選ばないはずだ。


 でも俺との結婚生活はどうなるんだ、「今日は〈町田部長〉に抱かれる予定じゃないから、ちょっとだけなら抱かれてあげる」とでも言うのだろうか。


 そんな生活はまっぴらだ、俺にも小っちゃなプライドがあるんだ、絶対に不倫現場を押さえて慰謝料をガッポリ盗ってやる。

 〈クズ部長〉の好きなように、させはしないぞ、目に物見せてやる。


 「今度の日曜日のお昼から、ちょっと出かけてきます」


 〈美幸〉が硬い顔で言ってきたから、この日に〈クズ部長〉の抱かれるんだな。

 それまでに準備をしておこう。

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