第27話 婚約指輪とスパイス

 〈美幸〉は二人用の小さなテーブルと、白い食器を一揃ひとそろい買っていた。

 さっきは〈違うよ〉と言ったのに、二つもチェストを買っているのはどう言うことだ。


 「来週中には届けてくれるから、部屋に入れて置いてね。 食器は私が片づけるから、そのままで良いよ。う ふふ」


 「うん、分かった」


 俺はとりあえず降参こうさんしておこう、いつわりだとはとても思えそうにない笑顔を向けられて、〈美幸〉のことを信用しそうになっているんだ。


 ジュエリーショップの前を通りかかったら、また〈美幸〉が手の平をヒラヒラとさせている。

 にぶい俺でもさっしがついた、口に出して言えば良いのに、まどろっこしい女だな。


 「〈美幸〉の誕生月は二月だよな。 誕生石は何だっけ」


 「えへへっ、二月生まれはアメジストなんだ」


 小躍こおどりするよう向き直って笑うから、〈美幸〉に婚約指輪を買ってあげよう。

 いつまでもヒラヒラさせて、おくわけにもいかないだろう。


 アメジストはさすがに〈美幸〉の誕生石だけあって、かなり地味な宝石だ、値段も相当お安い。

 悪く言えば色がついた水晶に過ぎない、日本でも採取可能な数少ない宝石だからな。


 「この大きな石にしたらどうだ」


 大きくても三万円くらいだから、アメジストは良い宝石だよ。


 「うーん、大きいのはちょっと。小粒が沢山ついているのが良いな」


 まあ、好みはそれぞれだからな、俺も小粒の方が上品で良いと思う。


 〈美幸〉が「これとこれとこれ」と三つ候補を絞って、また俺に選べと大変邪魔くさいことを言ってくる。

 俺は指輪のデザインに興味が全くないから、指を通す所の材質で選ぶことにした。

 シルバーでは安すぎると思ったので、ピンクゴールドを選ぶことにする。


 「うわぁ、可愛いね。 私でも大丈夫かな」


 何が大丈夫かは知らないけど、大丈夫と言わなくては、地雷を踏むことは知っている。


 「〈美幸〉なら、可愛いから大丈夫だよ」


 「うふふ、嬉しいな」


 サイズを微調整して、イニシャルをサービスで刻印してくれるらしくて、一週間後にとりに来ることになった。

 今度来た時に結婚指輪のカタログを、たんと見せられるのだろうな。


 「えへへっ、婚約指輪を買って貰っちゃった。 すごく欲しかったんだ」


 「まあ、あのくらいなら、俺の給料でも何とか買えるよ」


 「うふふ、ありがとう。 でも私に厳しい通告をするんだね」


 「えっ、通告。 何が厳しいんだ」


 「ピンクゴールドはね。 硬いからサイズを変えるのが難しいらしいの。 〈あなた〉は結婚した後も、私に今の体形を維持しろって言ったのよ」


 「えぇー、そんなことは言ってないよ。 〈美幸〉の考え過ぎだ」


 「でも、太ったりしない方が良いでしょう」


 「それはそうだ。 健康のためにも、極端な増加は良くないだろうな」


 「だからね。 ヘルシーなお料理を作ってあげるね」


 スーパーでどっさり買い物をするからと、早めに昼ご飯を食べたのだが、〈美幸〉はカルボナーラを頼んでいる。

 パスタの中で最高のカロリーを誇っていると、ネットに書いてあったぞ、ヘルシーと言いながらこれではな。


 〈美幸〉は太ってしまうんじゃなかろうか、今日がその恐るべき未来を暗示する日だったのか、あな、恐ろしや恐ろしや。


 「んー、失礼なことを考えていないでしょうね。 スーパーへ行くわよ」


 おぼろげな悪意を〈美幸〉は敏感に見抜いて、少し不機嫌になっている、その反動もあるのか、俺が押しているカートへポイポイと生活雑貨をぶち込んできた。


 えぇー、こんなバカみたいに買えば収納スペースが沢山必要になるぞ、俺のシンプルライフが根底から崩されてしまう、〈美幸〉は俺の理想の暮らしを破壊するために使わされた、生活雑貨に呪われた性悪な魔女だったんだ。


 「あっ、これも必要ね」

 「良いのがあった」

 「うそっ、こんなのが出てたんだ」

 「えっ、高いよ」

 「おっ、これは必須ひっすだね」


 くっ、〈あ行〉で呪文をとなえてやがる、俺を閉じ込める〈まじない〉を構築しているのだろう。


 もう商品がカートから溢れてしまいそうだ、かなり気恥ずかしい商品の量となっている。

 ただ買う度に〈美幸〉の機嫌が良くなっていくから、俺はこの運命を受け入れるしか無いのかも知れない。


 俺の人生を振り返った時、今日という日が、シンプルライフを一変する恐るべき未来を暗示する日だったと、戦慄せんりつを持って後悔するのだろう。


 あぁ、俺は下半身の欲望に従ってしまった、男なら良くあることだ、致し方いたしかたあるまい。


 五階までの階段を、俺は大きなビニール袋を両手に持ち、えっちらおっちらと昇っている。

 〈美幸〉はミニスカートじゃなくて、しわを伸ばした一着目のワンピースを着ているから、えっちなことは何も起こりはしない。


 〈美幸〉は豆腐を使った和風ハンバーグを、フンフフンと鼻歌を歌いながら調理している。


 ご機嫌だな。


 楽しそうにハミングしているのは、昔流行った悲しい悪女の懺悔さんげうただ。

 調理と並行して洗剤で洗い物をしているから、ハミングしているのだろう。


 テーブルはまだ届いていなため、俺と〈美幸〉は台所の流しの上で食べることにした、こういうことは想定外だったので、俺のシンプルライフが悪いわけじゃないんだ。

 かなり食べにくいが、それで料理の味が変わったりはしない。


 「ふわっとして、美味しいよ」


 「ふふっ、ありがとう。 ハンバーグも色々と作れるから、何でもリクエストしてね」


 「それじゃ、甘いデザートがほしいな」


 「うーん、デザートまで作る時間は無かったのよ」


 俺は直ぐ側にいる〈美幸〉をギュッと抱きしめた。

 台所の流しで食べるのも、メリットがあるだろう。


 「えぇー、デザートって私のことなの。 そんなのエッチな言い方だよ」


 「〈美幸〉を食べたいんだ」


 〈毒を食らわば皿まで〉だ、どうせ結婚するしかないなら、とことん味わらせて頂こう。


 「ふぅん、食べるなんて、いやらしいよ。 私をお召し上めしあがり下さいなんて、絶対に言わないからね」


 「でも食べても良いんだろう」


 「もぉ、好きにしたら良いでしょう。 でもシャワーは浴びさせてよ」


 俺は〈美幸〉の乗りが悪かったので、罰としてシャワーを浴びささないまま、抱くことにした。

 最初はかなり抵抗していたけど、一着目のワンピースをぎ取り、スケスケの黒い下着姿にされたらようやくあきらめがついたようだ。

 俺に抱かれるつもりだったのが、明らかになったためだろう。


 俺のもっとスケスケを見たいと言うリクエストに、モジモジしながらも応えている。

 〈美幸〉は下の毛を、綺麗に処理していたと追記ついきしておこう。


 「うぅ、穴が開くほど見詰めないでよ。 もしかしたらと思っただけなんだから」


 俺は〈美幸〉の白桃はくとういちごまたはライチ、はじけそうな葡萄ぶどう無花果いちじくを多量に食した。

 〈美幸〉からは、甘い声とその他も流れ続けていたため、俺の自惚うぬぼれは満たされていく。


 「好きだよ」


 あっと、俺のくせが出てしまった。

 甘いの後には、スパイスを利かしたものがほしくなるからな。


 「あぁん、私も〈あなた〉が大好きよ」


 〈美幸〉がギュッと抱き着いて、キュッとしぼってくるぞ。

 〈美幸〉は果実だからな。

 スパイスの効果はすごいな。


 「愛しているよ」


 「はぁん、嬉しいよ。 〈あなた〉を愛しているわ」


 〈美幸〉がギューと抱き着いて、キュキューとしぼってくるぞ。

 ちょっと効きすぎだ。


 二人とも荒い息をついて、裸のままで抱き合っていたが、〈美幸〉はもう帰った方が良い時間だ。


 「〈美幸〉、送っていくよ」


 「いやだ、帰りたくない。 このままじゃダメ」


 「〈おばあちゃん〉が待っているぞ」


 「ふぅぅん、しょうがないな」




 それからも、怒涛どとうの様に俺は流されていった。


 指輪を受け取りに行った時に、心配していたとおり結婚指輪を買わされてしまう、〈美幸〉の目がダイヤモンドの様にギラギラとした閃光せんこうを放っていたので、俺はビビッてしまったんだ。


 圧に負けたってことだ、海底二万マイルを超えたあり得ない圧だったから、俺の財布は押しつぶされてペチャンコになったよ。


 その後俺の部屋で〈美幸〉へ婚約指輪を渡す時に、またすごい圧をかけられてしまった。

 〈美幸〉の目が夏の木漏れ日の様に、キラッキラにきらめき、俺の目を刺し貫さしつらぬいてくるんだ。

 幻惑げんわくされた俺は理性を見失みうしない、とんでも無く恥ずかしいことをわめいたらしい。


 理性を失っていたのだから、当然何を喚き散らかしかたは覚えていない。


 「はい。 〈あなた〉と一緒になります。 絶対に離れたくないです」


 あぁ、俺は何を言ってしまったのだろう、すごく怖くて〈美幸〉には一生聞けないな。

 たぶん、往復ビンタでは済まないだろう。


 「うっ、私は幸せだよ。 ずっとプロポーズを待っていたの」


 おっ、どうも俺がプロポーズをしたらしいな。


 〈美幸〉が俺にしがみついてきたから、キスをしてまた抱いてしまった。

 今日のは、目が覚めるようなブルーな下着だ、そのためか真夏のように二人とも大汗をかいてしまう、〈美幸〉がウネウネと動き過ぎだったんだ。


 俺はまた「好き」だとか「愛している」とか、風味づけにスパイスを投入したに過ぎない。

 それなのに、〈美幸〉と一緒にお風呂へ入って、洗いっこをしてしまうような大汗をかいてしまった。

 〈美幸〉は「こんなの、おぼれてしまうわ」と言っていたが、こんな浅いのにそれは困難だと思う。



 それからも、俺は〈美幸〉に尻を叩かれどおしだ。


 俺は〈美幸〉のお尻をまだ一度も叩いたことはない、触ってんだだけなのに、ひどいと思う。

 やれ写真を前撮りするとか、〈美幸〉の家の近所の教会で打ち合わせだとか、その他諸々目が回るほど連れ回された。


 〈美幸〉はニコニコと嬉しそうだったけど、俺は疲れてしまって、あまり機嫌は良くなかったと思う。


 男ってそうだろう。


 俺をなだめるためなのか、〈美幸〉は自分からキスをしてくるように変わった、そして俺の体をで回して誘ってくるようにもなった。

 つやっぽく微笑む〈美幸〉は、会った時に比べて、とても綺麗になったと驚かされる。


 もう地味じゃない化粧も上手くなった、顔をせていない前を向いている、そしていつもニコニコとほがらからかだ。


 女は変わるって言うけど、〈美幸〉はどうしてしまったのだろう。

 謎だ。

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