第26話 絵文字と条件反射

〇■☆◆


 俺の今の状態は、メリーゴーランドと誤って絶叫系マシンに乗ってしまい、猛スピードで振り回されているようなものだ。


 一応断っておくが、メリーゴーランドに乗りたかった訳じゃない、俺は自他共に認める白馬の王子様って言う顔ではない、その他大勢に過ぎない。


 猛スピードで決まっていっているのは、俺と〈美幸〉の結婚だ。

 俺の両親と〈美幸〉の〈おばあちゃん〉が、ろくに俺へ伝えないまま婚姻を進めてしまっているんだ。


 俺の親の方から連絡を取ったらしいが、〈美幸〉の〈おばあちゃん〉は「私の生きている間に是非ぜひ嫁にやりたい」と乗り気だったようだ。

 事後にメールを寄こして来やがったんだ、冒頭に〈おめでとう〉って書いてあった、〈祝〉の絵文字も添えてだ。

 ブチ切れるぞ。


 とんでもないことだが、俺と〈美幸〉がいない場所で既に結納ゆいのうを取り交わしてしまっている、これはかなりの暴挙ぼうきょだと言えるだろう。

 結納と言っても簡略したもので、結納金もごくわずかだったらしいが、婚約したってことだから大事おおごとだよな、勝手な事をしてどう責任をとるつもりだ。


 俺は親父に文句を言ってやろうと、電話をかけたんだが、返り討ちにあってしまった。


 「俺の知らないうちに、結納をしたってことだが、どういう事だ」


 「ははっ、お目出度なんだからそう怒るな。 〈美幸〉ちゃんは良いだから、何も問題はない。 それにお前、もうやっただろう。 向こうの〈おばあちゃん〉に責任をとってほしいと、やんわり言われたぞ。 あの家は古くてボロいから、筒抜つつぬけなんだよ。 アハハ」


 くぅー、やっぱり〈おばあちゃん〉にバレていたか。

 俺はそれ以上親父に文句を言えなくなり、むにゃむにゃと弱気で情けないことになってしまった。

 せせら笑いやがって、無神経なところは、年を重ねてよりひどくなっていやがる。


 はぁー、〈美幸〉との結婚が眼前にゴロンと大きな岩のように転がってきたぞ、俺はどうしたら良いんだ。


 弁当を貰う時に、〈美幸〉に結納のことを聞いてみた。


 「へへっ、私達はもう婚約者なんだね。 ちょっと照れちゃうよ」


 えっ、その割にはガッツリと俺の顔を見ているな、薄っすらと顔を赤らめているからそれが照れなのか、キスを待っている顔にしか見えないぞ。


 良く考えずに、俺は〈美幸〉を抱き寄せてキスをしてしまった、条件反射に近い。

 これじゃもう習慣だよ、毎日ほどキスをしているから、当たり前の事になりつつあるな。


 「うふふ、婚約者にされると、もっと甘く感じるね。 私、とても幸せです」


 〈美幸〉は勝手に結納を交わされたことを全く怒っていないんだ、それどころか、すごく喜んでいるぞ。


 〈くず部長〉との〈疑似寝取り〉がもう直ぐ完結出来るから、嬉しいのだろうか。

 ただ、それだけの事に対して結納までする必要はないよな、家族まで巻き込んだ浮気ってなんだろう。


 〈美幸〉と〈おばあちゃん〉との関係を見ていると、〈美幸〉が喜ぶ理由がまるで分からなくなる。


 「それと二階でしたのが、〈おばあちゃん〉にバレているらしいよ」


 「うぅん、知っているからもう言わないでね。 〈おばあちゃん〉に地震があったみたいって、私はからかわれたんだよ」


 「へぇー、そんなに揺れてたかな」


 「もぉ、本当の地震じゃなくて、〈あなた〉がガンガン突いたからでしょう」


 地震の揺れを本気で聞いていると思ったのか、コイツには天然もかなり入っているらしい。

 それに俺ってガンガンなのか、この表現は良いことなんだろうか。


 食べ終わった弁当を返す時にも、備品倉庫の中でキスをしてしまう。


 唇が離れた後も、〈美幸〉は右手を俺の腕に絡めながら、左手を俺の目の前で盛んにヒラヒラとさせている。

 このヒラヒラになんの意味があるんだろう、今履いている下着がヒラヒラって言う意味なのかな。

 でも備品倉庫じゃさすがにやれないぞ、就業規則違反で二人ともクビになったらどうするんだよ。


 「お休みの日にお買い物に行きたいな。 晩御飯も作ってあげたいし、ダメかな」


 「まあ、予定は無いから、良いよ」


 俺は〈美幸〉におっぱいを当てられていたので、何も考えずに了承してしまった、お部屋での展開に期待をした訳じゃ決して違わないぞ。


 備品倉庫から自分の机に戻る時に、先輩のパソコンの画面がチラッと見えてしまった。

 画面一杯に、神社にある鳥居が映し出されている、先輩はマイ神社を持っているのか。

 毎日のお祈りを欠かさないのだろう。


 「〈町田部長〉が帰ってきませんように、どうかお願いします」


 小声でブツブツと祈っているぞ、海外出張中の〈クズ部長〉がトラブルに巻き込まれることを一心に祈願しているんだな。

 〈クズ部長〉はお祈りされるような存在なんだと、改めて思い知らされたよ。


 「うふふ、最初は家具を見に行きたいな」


 「ほぉ、服を収納するヤツか、箪笥たんすじゃなくて、チェストって言うんだっけ」


 「違うよ。 食卓のテーブルを買うの。 結納金で買うもんだと〈おばあちゃん〉が言ってたんだ」


 あぁ、俺は真綿で首を絞められるように、〈美幸〉から追い込まれようとしている。

 とんずらする手はないものか。


 勝手とは言え結納を交わしたんだ、今さら俺が結婚したくないと宣言すれば、ものすごく責められる未来しか見えやしない。


 両親と兄夫婦からは、〈あんな良いを振るなんて〉と、とんでもない罵倒ばとうが嵐のように飛んでくるだろう。

 物理的な物も飛んでくる恐れも多分たぶんにある。


 〈美幸〉の〈おばあちゃん〉からは、抱いた責任もとらない、人でなしとののしられるだろう、憤怒ふんぬのあまり健康をそこなう危険性もあるな。


 〈美幸〉が〈クズ部長〉と不倫したことを知らないはずだから、俺が一方的に悪者だ。


 〈美幸〉はどうだろう。


 仮に、〈クズ部長〉と別れて俺を好きになっていたとすれば、とても悲しむだろうな。

 婚約者に捨てられたんだ、〈美幸〉の人生を無茶苦茶にしたことになる。


 不倫をしていたとしても、付き合う前なら、俺がどうこう言う権利は無いのかもしれない。

 倫理的な問題はあるが、付き合う前のことを持ち出しても、かなり弱い話だと思う。

 おまけにそれを知りながら、もう抱いてしまっているからな。


 〈クズ部長〉と本当に別れているなら、〈おばあちゃん〉の言う通り、責任をとるべきだろう、〈美幸〉と結婚したいかと自分へ問いかければ、満更まんざらでもない俺が存在している。

 要は〈美幸〉と〈クズ部長〉が切れていれば、仕方があるまいってことだな。


 でもな。

 もし切れていなかったら、最初の作戦どおり慰謝料をガッポリと盗ってやろう。

 この二面作戦で行く事にしよう、はて、こう言うのは二面作戦って言うのかな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る