第25話 お尻と布団

 私は一抹いちまつの不安を抱きながら、今電車で運ばれている。


 彼は膝の上に、すごく重たそうなお土産の梨を乗せているわ。

 一体何個入っているのかしら、十個かな、〈おばあちゃん〉が〈羊羹が梨に化けたのね〉と言いそう。


 私は隣に座っている彼に、今日の感想をどうしても言いたくなる、とても素敵な体験だったからだ。


 「とても素敵なご家族ですね。 優しくして頂き嬉しかったです」


 「普通だと思うけどな」


 「私にとっては普通ではあり得ない、唯一無二の特別なご家族です」


 彼を追い込むような言葉は良くないと分かっていながら、私の口はまた余計な事をこぼしてしまう、私の希望が心からあふれてしまっているんだ。


 私の手も、あさましい感じで落ち着いてくれない、私の期待が手を痙攣けいれんさせているのだと思う。


 だけど、あさましいとは違うかな、私の恋心は他人にはどうあれ、純でとうといものだ。

 私は〈あなた〉を想い続けている、〈あなた〉に触ってほしいと思うことの何がいけないの。


 例え皆が見ている電車の中であっても、わざとらしく〈あなた〉が気づきますようにと、膝の上に手を置いてみた。

 そうしたら、彼は私の手をそっと握ってきたんだ。


 私の思い通りではあるんだけど、すごく恥ずかしくなり握った手を隠したくなってしまう。

 あまりにもあざと過ぎるのと、彼に触れてほしいと言う気持ちが、自分でも強すぎる気がしたんだ。

 私はちょっとエッチになっているんじゃないのかな、否定出来ないな。


 そのことを電車の乗客に見透みすかされている気がする、堪らなくなって私は彼と握った手を背もたれの方へ移動させて隠すことにした。

 でもそれはもっとエッチなことだった、結果的に私のお尻を触らせることになってしまっている。

 自分からお尻の方へ手を誘導するなんて、あぁ、破廉恥過はれんちすぎて顔が真っ赤になったじゃない。


 たまに意地悪をすることが、彼の良くないところだと、私は認識をしている。

 そんなはずがないのに、私がわざとお尻を触らせたと取ったのだろう。

 あろうことか、電車の中で私のお尻をコチョコチョしてきたの、そんなのあり得ないわ。


 二人切りなら良いけど、今は電車の中なんだよ。


 他人がイチャイチャしているのは、当人以外にとっては大変見苦しいものだ、電車の中で見せつけられて、私はいつも嫌な気持ちになっていた。

 自分が出来る立場になったからと言って、して良いことじゃないのは、当たり前だ。


 「もぉ、ダメですってば。 周りに大勢人がいるんですよ」


 彼は少し怒ったら直ぐに止めてくれたわ、こう言う素直なところがすごく良いな。

 手を動かさないで、お尻に触れているだけで、我慢しなさい。


 彼は重い梨を家まで持ってきてくれた、こう言う彼の優しい面に私はまいっているのね。

 彼が今日来るとは〈おばあちゃん〉には言ってなかったので、居間が造花の材料で溢れている、後で〈事前に連絡をしなさい〉と〈おばあちゃん〉に叱られそうだ。


 まぁ、何と言うこともないか、私の部屋で休んで貰えば良いだけの話である。


 「お待たせ。 お土産だけど、梨もいてきたよ」


 「ありがとう」


 「どういたしまして」


 〈ぎゃー〉、私の下着が干してあるー。

 黒のスケスケが見られたー。


 私は焦って下着を回収したけど、もう遅いわ、彼にじっくりと見られた後だよ。


 「学生の時は何か運動をやってたの」


 彼はまた私に意地悪な事を言ってくる。


 私は説得力の無い言い訳を吐き、可愛い子ぶってこの場を切り抜けるしかない。

 動揺していたから、ちょっぴり変なことも言ったかもしれない。


 私の失態しったいを誤魔化すためにも、ほら梨を食べなさいよ。

 気もそぞろに梨を食べていたせいか、ジューシーな梨だったせいか、私の唇から果汁が垂れていたみたい。


 きゃぁ、彼が私の唇を舐めてきた。

 どうしましょう、彼がその気になっているわ。


 「〈おばあちゃん〉に聞こえたら、どうしよう」


 きゃー、〈美幸〉何を言っているのよ、あなたもする気満々なの、それにしても何か言い方があるでしょう、することが前提ぜんていなんて好色だと思われてしまうよ。


 「うーん、お布団もしく」


 また〈美幸〉は何をほざいているのよ、自分で嫌になってしまうわ。

 おまけに大急ぎでお布団をくのね、二人で敷いたから、これが最初の共同作業なんだと、まさか思っていないでしょうね。


 私は彼に口づけをされて、手で触られて、舌で舐められたら、もうトロトロになってしまう。


 ヒロインが秘密基地で、人体改造をほどこされたようなものだね。

 彼と言うヒーローも、同じように改造されていると思う。

 彼の手も舌も体も、全てが私に最適化されてしまっているんだ。


 だからあらがうことは出来ない、気持ちが良くなるように改造されてしまったのだから。


 「声が出ちゃうから、唇で口をふさいで」


 ほら私が彼へ指令を出せば、最適化した彼の唇が私の出す嬌声きょうせいの音量を軽減して、拍車はくしゃをかけて私よりをくるおしくさせるわ。


 これが改造された人間の性なんだ。


 ことが終わった後も、彼は私の体に触れていてくれる、私が頭で望んだことを彼が感じ取ってくれているんだ、改造の深化が怖いくらいだわ。


 「ご飯ですよ」


 わぁ、私の変な妄想が、〈おばあちゃん〉の呆れたような声に破られてしまった。

 くぅー、〈おばあちゃん〉にはもうバレてしまっている気がするけど、恥ずかしいから何とか取り繕とりつくろいたいな。


 急いで一階に降りようとして、慌てて下着を身に着けようとしたのが、失敗だった。

 私は彼の目の前でガバッと大股を広げてしまった、さっき見せたというものの、こんなのはすごく恥ずかしいよ。

 はしたない女だと思われてしまうよ、泣いちゃいそうだ。


 「くすん、また変なところを見られた」


 「今さらじゃないか。 気にするなよ」


 「そう言う問題じゃないんです」


 一階へ降りたら、〈おばあちゃん〉が意味ありげに笑っている。

 どうかそれ以上は勘弁してください、恥ずかしくて死んじゃいます。


 〈おばあちゃん〉が得意なハマグリの醤油焼を、彼は美味しそうに食べていたな。

 私も教えて貰っているから、いつでもリクエストしてね。


 〈おばあちゃん〉は私が彼に抱かれている間に、ハマグリを買いに行ってくれたんだと思う、私は「あん」「あん」と言っていたのに、何だか申し訳ない気もするな。


 彼がもう帰ると言ったので、しょうがないので、彼を送っていこう。

 まだ帰るのは早いと強く思う。


 良く見ると彼の口の周りがバターで汚れている、子供みたいね、電車の中で笑われちゃうよ。


 「もぉ、ちゃんと拭かなったのね。 〈あなた〉の口の周りが、バターで光っているわ」


 だけどしまった、ハンカチもティッシュも持ってきていない。

 えぇーい、舐め取ったら良いじゃない。


 私は彼に抱きしめられて口の中をかき回されてしまう、はぁん、そんなつもりじゃ無かったのよ。

 また切なくなってしまうじゃない、私を〈あなた〉のアパートへこのまま連れていってよ。


 今は彼に手を振るしかない、彼の姿が段々と小さくなっていくわ。

 こんな風に彼を見送らなくても済む日が、一日でも早く来てほしいな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る