第24話 電車と座敷

〇■☆◆ 


 ふはぁ、少し眠たいな。

 感情の振幅しんぷくが激し過ぎて、良く眠れなかったんだ。


 昨日の私は、〈動画〉と言う言葉がトリガー〈ひきがね〉となり、クズに乱暴された悪夢をまた味わされた、生きることに絶望する寸前だったと思う。


 だけどその悪夢を彼の手が払拭ふっしょくしてくれたから、私は人生にまた希望を持つことが出来た。

 私は彼に助けて貰って、今も守って貰っているんだ、こんなに幸せで良いのかと感じてしまう。


 今日彼の実家へお邪魔することも、大きく影響しているのかも知れないね。

 今も緊張している最中だから、どちらかと言えば彼の実家へ行く事の方が、影響が大きいのかも。


 彼の実家は電車を乗り継いで、二時間かかる距離だと教えてくれた。

 遠いのか、割と近いのか、〈微妙な距離だな〉と私には思える。


 早く目が覚めてしまったから、私は朝早くからお掃除をして洗濯も済ませた。


 何を考えて買ってしまったのか、スケスケで黒いレースの下着も一度洗って干しておこう。

 どんなものかと試しにつけてみたのだが、めっちゃけてしまうから、とてもじゃないけど、この下着をつけた姿を彼に見せられそうにない。

 恥ずかし過ぎるよ、その姿を想像しただけで顔が火照ってしまう。


 「ふふっ、〈美幸〉ちゃんは、ものすごく張り切っているのね。 気合が入って顔の血色けっしょくがとても良くなっているわ」


 「えぇー、〈おばあちゃん〉、変な事を言わないでよ。 私は平常心だよ」


 何よ、私がスケスケの下着を買って、張り切っているみたいじゃない。

 そんなつもりで、買ったはずがないでしょう。


 「うふふ、嬉しいからって、あまり張り切ってはいけませんよ」


 はぁ、〈おばあちゃん〉には私はそう見えているんだ、だけど私は心配でたまらないんだよ。


 駅のホームで彼を見つけたら、私のテンションは一気に上がってしまう。

 私との結婚が嫌になって、彼が待ち合わせに来ない可能性も、ゼロじゃなかったんだ。

 女としての魅力がとぼしいことを、自分が一番自覚しているんだから、「むん」とこぶしを握ってしまうのは仕方がないことだわ。


 彼の隣に座って、私は出来るだけ取り澄とりすました顔で、窓の外を見ている。


 だけど内心は、怖くってなんだか泣きそうになっているんだ、人生を賭けた面接に挑む気持ちになってしまっているんだ。

 〈美幸〉、あなた少しは肩の力を抜きなさいよ、彼のご両親はあなたを頭から、たぶんかじったりしないはず。


 電車が進むにつれて、大きなビルが減り、代わりに一戸建ての住宅が増えてくる。

 ほとんど遠出をしたことが無いため、私には新鮮な情景だ、一時間電車に乗れば街の様子は刻一刻こくいっこくと変化していくんだ。


 「段々と大きな建物が少なくなっていくのね」


 私はもっと世間のことを知る必要があるんだ、もしもお母さんになれれば、子供には色んな景色を見せてあげたいな。


 「俺の実家はかなり田舎になるからな」


 「それは楽しみだね」


 〈あなた〉の家族に会えるのだから、それは本当に楽しみなんだよ。

 私が知らない〈あなた〉の一面を見られるんだよ、家族となる人達と会うんだ。

 〈あなた〉をもっと深く知ることが出来るんだよ、子供の頃の写真を見たいな。


 ワクワクが私を待ち構えているんだ、私が張り切ってしまうのは、けられないことなんだよ。


 あっ、お兄さんだ。

 兄妹だから、やっぱり良く似ているな、私は一人っ子だからうらやましいぞ。


 わざわざ車で迎えに来てくれたんだ、私を歓迎してくれているようで、とても感動してしまう。

 〈ありがとうございます〉、精一杯の感謝を捧げておこう。

 車の中でも、私に気を遣って話しかけてくれる、うふふ、優しいお兄さんなんだね。


 あっ、家族揃かぞくそろって、玄関の外までわざわざ私を出迎えてくれている。

 こんなの国賓待遇こくひんたいぐうに近いよ。


 私はそんな大それた者じゃないんです、恐縮してしまった私は、頭を深々と下げて感謝を伝えるしかありません。

 こんな出迎えを私が想像出来るはずが無い、もう泣きそうです。


 座敷にとおされて手土産の羊羹を渡すのは、私にとってすごく緊張することだ。

 育ちが良いとはとても言えなないが、私を育ててくれた〈おばあちゃん〉の名誉を最低限守るために、下品な女だとは思われたくない。


 彼のお父さんとお兄さんと同じ座敷机に、座らさせられているけど、私は一体何を話せば良いの。

 野球もゴルフも良く知らないし、投資も政治にもうといのよ、この状況をどうしろと言うの。


 〈助けてよ〉と彼の顔を見れば、彼はむっつりと黙っている、〈あなた〉だけが頼りなんだから何でも良いから言いなさいよ。


 「今準備しているからお昼ご飯を食べていきなさい」と言われた、もうそんな時間なんだ。

 〈あっという間だな〉と感じて、〈助かった〉と私は思う。


 私は嬉しくなり、台所の方へ急いで向かった。

 まねかれた彼女が、お手伝いをしても何の不思議もないはず、それどころかポイントをかせげるはずでしょう。


 お料理やお掃除の話なら私も出来るんだ、〈おばあちゃん〉しか家族はいないのだから、今の私にはお父さんやお兄さんとの会話は高い壁だよ。

 男性の家族と話した経験が無いのだから、何を話題にすれば良いのか、私には皆目分からない。


 ピンク色のエプロンをお母さんと兄嫁さんが、「可愛いわ」「新婚みたいね」と褒めてくれる。

 〈えぇ、私もそう思って買いました〉と口には出さないが、私は満面の笑みで応えて、「お母様こそ素敵ですよ」、「お姉さんはかなりの美人ですね」と大きくご機嫌取りもしてみる。

 満面の笑みで褒めたのだから、決して嫌味にはならないはずだ。


 その後私は、お母様とお姉さんの愚痴をフムフムと聞きながら、彼の子供時代のことを聞いてみることにした。

 彼は内向的な子供で、思っていたとおり〈おばあちゃん〉子だったらしい。

 私との共通点が見つかって、ますます私は上機嫌だ。


 料理の下ごしらえや洗い物をしながら、鼻歌が出そうになり困ってしまうね。

 すごく心配をしてたんだけど、思いの他、お母様と兄嫁さんと打ち解けることが出来てしまった。

 愚痴を真剣に聞いていたのが、良かったのかな。


 「〈美幸〉ちゃんは、包丁捌ほうちょうさばきがすごいのよ」

 「〈美幸〉ちゃんは、エプロンを持ってきて、偉いんだよ。 私なんかお座敷でお菓子を食べていたと思うな」


 お母様も兄嫁さんも、私を過剰に褒めてくれるから、身の置き所に困ってしまう。

 でも私を受け入れてくれて、心からの感謝だよ。


 「〈美幸〉ちゃん、本当にコイツで良いの、今ならまだ解約出来るよ」

 「〈美幸〉ちゃん、親が言うものアレだが、息子はちょっと変わり者なんだ。 後悔するかも知れないぞ」


 お父さんとお兄さんは、彼にひどいことを言うからちょっとイラッとしたけど、私のためを思って言ってくれているとは思う。

 でもあなた達の息子で弟なんだから、もっと信頼してあげてほしいと強く思うな。


 ご飯の後も、私はお母様と兄嫁さんと、かなり仲良く出来ははずだ。

 お父さんとお兄さんとは話題も無いし、彼の悪口を言ったので話す気にはならなかった。

 だって私は彼の彼女だよ、私が彼の味方をしなくては、誰がするって言うのよ。


 彼もイラッとしたようでもう帰ると言い出した、私も知らず知らずのうちに気を遣っていたのか、かなり疲れていたので正直ありがたいと思った。

 うふふ、以心伝心だね。


 私は彼の家族に嘘偽うそいつわりの無い、率直そっちょくな想いを伝えることにした。


 「皆様、本当に今日はありがとうございました。 これほど優しいご家族に迎えられて、私は感動しております。 不束者ふつつかもので未熟者ですが、どうかよろしくお願いしたします」


 彼の目が点になっていたけど、私の想いはもう止まらないなんだよ、止めることは不能で、止める気も全くないんだ。


 だって〈あなた〉は私の運命の人なんだよ、ヒーローのように私を熱く守り、私に信じられないほどの幸福をもたらせてくれるんだ、そうに決まっている。


 私が暴走気味なっているのは、遺憾いかんながら認めるわ。

 でもね。


 〈あなた〉の家族もニコニコしているじゃないの、〈鳩が豆鉄砲を食ったよう〉な顔をしていないで、〈あなた〉も笑顔になってほしいな。

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