第23話 梨とハマグリ

 〈クズ部長〉との不倫は、終わっていると信じてしまいそうだ。

 最近会社で流れている〈クズ部長〉の噂も、それを大きく後押ししている。


 もう会社は辞めてしまったが、すごい美人を〈クズ部長〉が愛人にしているって言う噂だ。

 何人かが〈クズ部長〉と、そのすごい美人をバーで見かけたらしい。

 〈クズ部長〉は人目もはばからず、すごい美人の肩をいやらしく抱いていたそうだ。


 〈いやらしく抱いていた〉と言う証言に、ものすごい信憑性しんぴょうせいがある。

 〈クズ部長〉ならそうあるべきだろう。


 そうすると〈美幸〉は〈クズ部長〉に捨てられて、俺に押し付けられるようとしているのか。

 〈クズ部長〉が捨てた女を、俺が拾うのかと思ってしまう。


 〈美幸〉をすごい美人と比べれば、誰が見ても美人とは言えないだろう、

 でも良い所が沢山ある、料理上手だし、嫌な事も言わない、笑顔も可愛いぞ。

 胸もかなりある、肌も綺麗だし、あっちの俺との相性も悪くない。

 第一あんなに〈おばあちゃん〉を大切に思っているんだ、悪い人間のはずがない。


 どうして〈クズ部長〉なんかと、不倫をしたんだろう、意味が分からないな。


 梨が重いので、そのまま電車で〈美幸〉の家へ向かう。

 梨が重過ぎてタクシーを使った、親父は一体何個入りの箱を買いやがったんだ。


 〈美幸〉の〈おばあちゃん〉が、「あらま」と言って出迎えてくれたが、居間には造花の材料があふれていた。

 俺が今日寄る予定は無かったのだから、〈おばあちゃん〉は何も悪くない。


 「ごめんなさい。 散らかし放題で、座ってもらう場所もないわね」


 「いいえ、お構いなく。 これ梨なんですが、実家の方の名物なんです。 良かったら食べてください」


 「ふふっ、重いのにご苦労様です」


 〈おばあちゃん〉は俺が寄った理由を察してくれたようだ。

 さすがは年の功としのこうって言うことだろう。


 「疲れたでしょう。 お茶くらいれるわ。私の部屋で休んでいてよ」


 〈美幸〉は台所でお湯を沸かしているから、先に俺一人で部屋に入った。

 真っ先に目に飛び込んで来たのは、白、ピンク、青の布だった。

 嘘だと思うほどの極小の布切れだ、おっ、黒もあるぞ。


 〈美幸〉が下着を窓際に干しておいたのを、失念しつねんしていたようだ。


 俺はどうするべきか、今は〈美幸〉がいないんだ、目が赤くなるほど観察させて頂こう。

 レースにリボン、ビーズに刺繍ししゅうと、様々さまざま装飾そうしょくが活用されている。


 「お待たせ。 お土産だけど、梨もいてきたよ」


 「ありがとう」


 「ふふ、どういたしまして」


 〈美幸〉も座ろうとして、ようやく自分の下着に気がついたらしい。

 ラグビー選手の様なタックルをかまして、胸に下着を抱え込もうとしているぞ。

 運動は苦手な感じだけど、素早い動きが出来るんだ。


 「学生の時は何か運動をやってたの」


 「うーんもぉ、こんな時に。 見たでしょう」


 「見たと言うより、あれだけ堂々と干してあったら、嫌でも目に入るよ」


 「あぁー、忘れてちょうだい。 緊張が途切とぎれたから、記憶も途切れたんだわ」


 「まあ、終わったことは、もうどうしようもない。 それより、梨を食えよ」


 「くーん、とっても悲しいよ」


 それでも〈美幸〉はフラフラと、下着を箪笥たんすへぶち込んで、梨を一口齧かじっている。


 「はぁー、梨は甘いけど、人生は甘くはないのね」


 「そんなに気にすることはないだろう」


 「えぇー、下着よ。 干してあった下着を見られたんです。 つけてた方がまだマシよ」


 俺は何だか言っても、エッチな気分になっていたのだろう、〈美幸〉の唇から零れ出こぼれでている梨の汁をぬぐってあげた。

 俺の舌でだ。


 「あっ、そんな。 〈おばあちゃん〉に聞こえたら、どうしよう」


 「声を出さなければ良いんだ」


 「無理な事を言わないでよ」


 「ちょっとだけだよ。 直ぐ終わるって」


 「もぉ、しょうがないんだから、ちょっと待ってよ。 ワンピースを脱ぐわ」


 もしかしてと思い、コンドームを持ってきてて正解だったな。


 「もう良いか」


 「うーん、お布団もしく」


 えっと、どうしよう。

 一階の〈おばあちゃん〉に出来るだけ、振動が伝わらない方が良いよな。


 俺と〈美幸〉は押し入れから、マットレスと敷布団を慌てて出していた。

 〈美幸〉の匂いが立ち昇り、濃厚に俺の鼻をくすぐってくる。


 俺はもう充分我慢したんだ。

 〈美幸〉の下着を少し乱暴気味に、剥ぎ取はぎとってまず最初にキスをする。


 「んんう、そんなに慌てないでよ。 私は逃げたりしないんだから、ね」


 〈美幸〉はそう言って俺の首に手を回してきた、慌てないでもっとキスをしろってことだろう。

 俺はその後も、やっぱり少し慌てて、胸やお尻を揉んだ。


 電車の中でお尻をずっと触っていたせいか、〈美幸〉は直ぐに準備がととのった感じだ。

 始めは正面で、少しついてから背後へ回った、でも、〈美幸〉は背後からではダメだと言ってくる。


 「はぁん、声が出ちゃうから、唇で口をふさいでよ」


 そう言うことなら、致し方いたしかたあるまい、最後はキスをしながら胸も揉んで俺は頑張った。

 きっと〈美幸〉も俺の頑張りを認めてくれたはずだ、両足で俺をガッチリとホールドされたのがその証拠だと思いたい。


 しばらく俺は〈美幸〉の胸を軽く揉みながら、微睡まどろんでいたのだが、〈美幸〉の〈おばあちゃん〉に「ご飯ですよ」と呼ばれて、ハッと我に返った。


 「うわぁ、大変。 もうこんな時間だわ」


 〈美幸〉も慌てているんだろう、パンツを履くときにスッ転んで、俺に御開帳していたぞ。


 「くすん、また変なところを見られた」


 「もう、今さらじゃないか。 気にするなよ」


 「もぉ、そう言う問題じゃないんです」


 俺と〈美幸〉は何とか着替え終わり一階へ降りていったが、「うふふふっ」と意味深いみしんに笑う〈おばあちゃん〉を、直視出来なかったのは当然のことだろう。


 テラテラにバターが効いた、大粒のハマグリの醤油焼が美味しかったが、〈美幸〉は小振こぶりだと思う。

 ご馳走様とお礼を言って、夜も遅いしやることはやったし、俺はアパートへ帰ろう。


〈美幸〉は路地の先まで、また俺を送ってくれる。

 手も繋いでだ。

 夕食前の余韻よいんが、まだ冷めていないだろう。


 「もぉ、ちゃんと拭かなったのね。 〈あなた〉の口の周りが、バターで光っているわ」


 〈美幸〉は何を思ったのか、俺の口の周りについているバターの汚れを、舌で舐めて拭ってくれた。


 そうされると俺は、〈美幸〉のハマグリ味の唾液だえきを、舌で舐めとらざるを得ない。

 それはそうだろう、そうするのが礼儀だと、俺は何本かのAVで学習をさせて貰った覚えがある。


 〈美幸〉は少しピクンとしたけど、俺に体を預けてハマグリの匂いがする吐息といきを、切なげに吐き出しているじゃないか。


 学習の効果はバッチリだ。


 しばらく〈美幸〉と深いキスを交わした後、ふと見れば、街灯のガラスのおおいに虹色がきらめいていたな。

 古ぼけた街灯の下で俺へ手を振る〈美幸〉は、どうしてあんなに、小さくてはかなげに見えるのだろう。


 別れる時に、濃厚過ぎることはやっちゃいけないと、俺はまた学習したよ。

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