第21話 汚物と幸せ

 二着目はどうかな。


 「可愛いぞ。 これも良いな」


 ふふ、可愛いか、嬉しくなるよ。


 「こっちの方が良いの」


 「いや、どっちでも良いんじゃないか。 好きな方にしなよ」


 はぁー、何を言っているの、私はかなりイラついてしまう。

 私の好きな方じゃ意味が無いのよ、〈あなた〉のご両親に会いにいくのだから、どちらが気にいって貰えるかを聞いているんだ、それを理解していないの。


 嫌になるわ。

 ため息がでちゃう。




 「動画をって」


  


 私の裸が動画に撮られた。


 




 無理やり唇をこじ開けられて、私はドクドクと汚物おぶつそそがれてしまった。

 苦しいのに息が出来ない、悲鳴をあげることさえ許されない。


 目の前にドス黒い液体がれてくる。

 視界が塗り込まれ漆黒しっこくに染まっていく。

 私の全身をおおいつくす、絶望的な汚物だ、それにクズの目と手が無数に浮いている、くさりかけの舌もある。


 足元にもドス黒い液体がまとわりついて、私は地の底へしずんでいく。

 裸の私は、クズに舐めるように見られている、クズの手で執拗しつようにこねくり回されている。


 舐めないで。

 見ないで。

 触らないで。


 あぁぁぁぁ、私の体の奥がクズのもので串刺しにされ、私の奥の奥が声にならない悲鳴をあげながら壊れていく。

 クズの目と手は、数え切れないほどドス黒い液体にブカブカと沈みながら、私をブスだと笑いながらも、決して私を離そうとはしてくれない。

 私はドス黒い液体をピチャピチャと音を立てて、苦しまぎれに吸い込んでしまう。


 苦しいよ、悲しいよ、辛いよ、誰か助けて。

 私をここから出して、お願い。


 永遠に続く地獄から、私は抜け出せはしない。

 クズの恥辱と侮蔑に満ちた責め苦は、永久に私を解放してくれない。


 んんう、また私のお尻を触ろうとしている。

 あん、感じてしまう。


 嫌だ。

 クズには感じたくない。

 うぅ、それだけは許してよ。


 でも感じてしまう、はぁん、気持ちが良くなっていく。

 こんなの嫌だよ、彼にしか感じたくない。



 



 彼を感じ取った私は、ドス黒い液体の底から現実世界へ、光の速さで浮上した。

 まるでしぼんでいた風船がふくらんで、一直線に水面へ飛び出したようにだ。


 全ての望みを失っていた私に、彼が救いの手を差し伸べて、希望の光を吹き込んでくれたんだ。


 私の前には、心配そうな彼の顔があるじゃないの、優しく私をぜてくれているわ。


 私には彼がいる。

 この前、私を触った手だ。

 クズとは全く違う。



 



 私の心の叫びだ。

 ドス黒くない、光輝いているんだ。

 私を覆っているドス黒い液体が、彼の手で駆逐くちくされていく。


 「もっと泣けば良いよ」


 あっ、彼の声だ。


 「もっと声を出して泣いたら良いよ」


 彼が私の体を触って、クズの目と手と舌を、ぬぐってくれているんだ。

 嬉しいよ、助けてくれたんだ、私を守ってくれているんだ。


 私は歓喜に震えて、大声で泣いてしまう。

 幸せに私はなるんだ。



 でも彼の手がりていない、クズは私を裸にして見て触ったんだ。

 彼の手は私のお尻の手前で止まっている、それは彼が私を大切に思ってくれている証拠だ、けど私はすっごく不満だ。


 もっと私を触ってほしい、クズの目と手と舌を、直接肌に触れて拭い去ってほしいんだ。

 おぞましい記憶から私を救い出して、気持ちが良い記憶を、〈あなた〉の手で私の体にり込んでほしい。


 「お尻も触って」


 私は彼にこうお願いをして、何の迷いも無く全ての服を脱いだ。

 恥ずかしさは何も無かった、少しでも早く彼に裸の私を触って欲しかったんだ。


 「お願い。お尻も胸もあの部分も、私の体の全てを〈あなた〉に触ってほしいの」


 あの部分は少し抵抗があったけど、そこにもクズの痕跡こんせきが残っているのだから、触ってもらわない選択肢は私にはない。


 「ふぁ、感じるよ。 〈あなた〉の手を感じるの」


 触ってくれたのは、とても嬉しいんだけど、困ったことにもなってしまう。

 私の体が反応し過ぎるんだ。


 「んんう、〈あなた〉の手はどうしてこんなにも熱いの。 私は溶けて変わってしまうわ」


 本当に溶けてしまいそうよ。

 こんなことになるなんて、私は彼に思いを伝えることが止められない、彼に知ってほしかったの。


 「はぁぁぁ、〈あなた〉の手の、指の感触を私にきつく覚えさせてよ。 決して忘れないように私へきざみ込んでほしい」


 もう止められないわ。

 こんなにも私は彼に感じてしまうのね。

 こんなにされたら、私はもう〈あなた〉から絶対に離れることが出来ないよ。


 〈あなた〉の服も脱がして、裸にしたいと思ってしまう。

 裸になった〈あなた〉に抱きしめてもらって、素肌を直接感じたいの。


 でも私は女だ、それはやり過ぎだと本能がブレーキをかける。

 彼の服のボタンに伸ばした手を止めてくれた。

 恋愛の手段として、まだそれはやっちゃいけない、今はもう少し猫を被っていなさいと。


 でも切ないな。

 彼に最後までしてほしい。

 もどかしいよ、私のあの部分がすごい事になっているのは、触っているから知っているでしょう。


 もうダメだ、これ以上されたら、自分から求めてしまう。


 「あぁん、もう充分だから、触らないでよ。 もうしっかり覚えましたから、止めてね」

 「んんう、もうダメなの。 これ以上は許してよ」


 私は体にともった情欲に耐えているけど、とっても幸せでもある。

 私の体は、クズから受けた仕打ちをほぼ忘れて、彼の手が与えてくれた快感に震えている。

 もし結婚出来れば、もっと深くこの快感がずっと続いてくれるはずだ。


 快感に耐えているのに、彼が口づけをしてきた、私が抵抗出来るはずもない。

 口づけをされたら、もう、私は耐えられない、ギリギリだったんだ。


 「したいですか」


 私は彼に問いかけてしまった。

 〈したい〉と言わなかったのは、私なりの最後の抵抗だ。


 彼の要求を優先する彼女と、欲望を満たしてあげる彼女を、演じてみたんだ。

 私だって、少しは恋の駆け引きが出来るんだよ。


 でも彼は私を抱かなかった。


 私の体は不満だと言っているが、私の心は大満足している。

 私はクズにされたことを鮮明に思い出して、すごく取り乱していたはずだ。

 それを見ていた彼が、平気で私を抱いたら、かなり幻滅げんめつしていたかも知れない。


 彼を試すようなことをしてしまったけど、その結果はとても嬉しいものだ。

 思わず笑ってしまうほど、幸せな気分になってしまう。


 彼が変なたとえを言うから、私はさらに笑ってしまった。

 ついさっきまで、クズのことを思い出して最低最悪な気持ちになっていたのに、こんな短時間で私を笑わせるなんて、この人はやっぱり私の〈ヒーロー〉だと強く感じてしまう。


 私が裸なのをからかってきたから、「見るな」「バカ」と言ったのは、単なる照れ隠しだよ。

 予定調和の返しでもあるけど。


 〈あなた〉は「バカ」じゃない〈ヒーロー〉だよ、私の裸を見たいならいつでも言ってよ、〈あなた〉だけには見せてあげる、もちろん触っても良いんだよ。



 私が服を着る間は、私は何も言ってもいないのに、彼は後ろを向いて見ないようにしてくれた。

 彼の背中に〈見ても良いのよ〉と言いそうになったから、自分でも本当に困ったもんだと思う。


 私は手段を選ばずに、彼をつなぎ止めようとしているんだ。


 彼は私が着替え終わるのを待って、私が取り乱したことを聞いてきた。

 彼は真剣な表情で聞いてくれたけれど、私は「過去の嫌な事を思い出してしまったの」とちょっと素っ気そっけない事しか返すことが出来ない。


 私は前後の記憶が飛ぶほど錯乱さくらんしていたんだ、とてもじゃないがこの答えで、彼の納得を得られないのは私も分かっている。


 でも彼はそれ以上、詳しく聞こうとはしなかった。


 私のことを気遣きづかい、傷をえぐるようなまねはしないんだね。

 優しくされて涙が出そうなってしまう、今は言えないけど、もう少しだけ待って。


 必ずクズにされたことを〈あなた〉に告白するわ。


 それで嫌われたらどうしよう、そう思うと、まだ私の勇気が足りないんだ。

 でも私は強くなって見せるわ。


 〈あなた〉がそばで、見守ってくれたなら、百人力だもの。

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