第20話 理由と部屋

〇■☆◆


 まただ。

 クズからまた、反吐へどきそうなメッセージが届いた。


 「今度の日曜日に、一日かけてじっくりと抱いてやるよ。 今度は汚らしい下着じゃなくて、スケベな下着をつけてこい。 そうじゃないと分かっているだろうな。 覚悟しろよ」


 くっ、一日中私をなぶるつもりなんだ。


 そんなことをされたら、私は壊れるしかない、それにもう彼に顔向け出来なくなる。

 彼に申し訳なくて、別れる選択肢しか無くなってしまうよ。


 そんなの絶対に嫌だ。


 何か断れる理由を探さなくては、だけど二回目だから、もっと強力な理由が必要だ。

 だけど強力な理由ってなんだろう。

 そんなの思いつかない、あぁ、どうしよう、〈美幸〉諦めないで必死に考えるのよ。


 備品倉庫で彼が甘い口づけをしてくれた。

 一時的だけど、私はクズのメッセージを忘れて幸せを感じてしまう。

 ずっとこの幸せが続けば良いのにな。


 私はこの人と一生添い遂そいとげたいと願った。


 「〈あなた〉と私は付き合っているんですからね。 彼女だとちゃんと紹介してほしいんです」


 私は甘えた声で、彼に家族に紹介してほしいとおねだりをした。

 考え抜いて出した言葉じゃない、自然に私の口からこぼれ出ていたんだ。


 言葉が零れた瞬間、彼に断られたらどうしようと、私は断頭台だんとうだいにかけられている気持ちでとても怖くなる。

 まだ数回しか会ったことがないのに、家族に紹介しろとは、早過ぎるとは分かっているんだ。


 祈るような気持ちで彼の返事を待っていた、そしてその答えは、私を幸せにするものだった。

 彼は家族を私に紹介しても良いと言ってくれたんだ。


 後はクズだ。

 私はまた祈るような気持ちで、またメッセージを送った。

 神様すみません、何回も祈って申し訳ないのですが、どうかお助けください。


 「日曜日に彼の実家へ行き、ご両親にご挨拶をする予定がすでに入っています」


 「はぁ、いい加減にしろよ。 僕の言う通りにすれば良いんだ。 日曜はおまえを徹底的に調教してやるよ」


 くっ、予定があると言っているのに、しつこいケダモノめが。


 「前から決まっていた日取りを、緊急でもない私の都合でドタキャンすれば、きっと破談はだんになるでしょう。 私には結婚する意志が無いととられるでしょう」


 「うーん、どうしたものか。 おまえは死んだマグロだからな、結婚して少しは体を開発された後の方が良いかもしれんな。 だけど《みすず》の都合が悪かったら、おまえで我慢するしかないな」


 《みすず》さんと言う人の都合が悪く無かったようで、クズからのメッセージはもう届かなかった。

 重い鉄のくさりから解放された感じで、体が軽くなって飛び立てるほど、私は嬉しくなってしまう。


 クズに嬲れなくて済むし、彼の実家へ行けるんだ、これで私は公認の彼女ってことかな、えへへっ。


 私は調子に乗って、私の事を一杯彼へ送信したんだ。


 ご両親に紹介された時に、彼が私の事を良く知らなかったら、それでは困ってしまう。

 付き合っているのに、相手の事を何にも知らないなんて、本当の彼女じゃないと思うな。


 逆に私が彼の事を良く知らないのは、とっても悲しい事だ。

 私は彼の事を何もかも知りたいんだから、私の事を先に教えるのが、正当なルールだよね。

 ううん、私の事を一杯知って、もっと深く愛してほしいんだ。


 私は浮かれていますけど、それがいけないんですか。


 浮かれついでに、私は彼に自分の部屋に来てもらうことにした。

 私は彼の部屋へ行ったのだから、今度は私の番だと思うのと同時に、普段の暮らしも少しは知ってもらいたい。

 彼に部屋を見せるのはかなり恥ずかしいことだ、私の本質を見せることにもつながる、私はこの部屋で人生の大半を過ごしていからね。

 私の辛い事と夢と希望と後悔が、ギュッと詰まっている場所なんだ。



 彼が家にやってきたから、私は少し緊張している。

 子供の時を含めて男の人を、私の部屋にまねき入れるのは、今が初めてなんだ。

 朝早く起きて徹底的にお掃除をして、消臭スプレーをこれでもかと、噴射したからきっと大丈夫。


 〈おばあちゃん〉の花も、スッキリするように飾り直した、彼はこの花達をどう思ってくれるかな、少し不安がよぎってしまう。


 玄関に入った彼を捕まえて、〈おばあちゃん〉が余計な事を言っている。

 〈おばあちゃん〉が私を心配してくれるのは、ありがたいことだけど、彼の前で笑うなんてひどいよ。

 〈おばあちゃん〉は自分の事じゃないので、ちょっと楽しんでいるんじゃないのかな、私はド真剣なんだよ。


 はぁー、彼が私の部屋に入ってきたよ、ドキドキしちゃう。

 あんまりジロジロ見ないで、古くってみすぼらしいから、胸がキューとなっちゃう。


 「この羊羹ようかん十本入りと、そのクッキーの丸缶はどっちが良いと思う」


 私は緊張に負けないで、果敢かかんに彼へ話しかけることが出来た。

 私は良く頑張っていると思うな、褒めてほしいよ。


 「どっちでも良いよ。 むしろ無くても良いくらいだ」


 それなのに、この返事はないわ。


 「もぉー、ちょっとは真剣に考えてよ」


 私がむくれるのは当然だと考えます。


 手土産は私の想定どおり羊羹に決まったから、まあ、良いか。

 少し彼と話しをしただけで、緊張がかなりほぐれてきたのは、彼女だから当然なんだろう。

 私達はもう男と女の関係になっているもの。


 彼が〈おばあちゃん〉の花を褒めてくれたのが、すごく嬉しい、顔を見ればお世辞せじじゃないのが分かる。

 自分が褒められるよりも嬉しいな、私の緊張はどこかへ吹き飛んで、後は浮かれることしか出来ないよ。


 次はいよいよ、着ていく服だ。


 気合を入れ過ぎて二着も買ってしまったが、彼に選んで貰うんだから、大切なお金だけど全然惜しくはない。

 着る機会はこれから、いくらでもあるでしょう。


 まずは花柄からいこうか。

 ふふっ、彼はどう言ってくれるかな、私はそう思って彼の方を見た。

 んー、彼がいるな、私は服を脱いでいるね。

 おかしいな。


 「あっ」


 普段どおりここで着替えてはいけないんだ、まだ私は奥さんじゃないんだ。


 「うわ、俺に下着まで選ばせるつもりなのか」


 そんなに驚かないでよ、好みは気になるけど。


 「違うよ。 普段の調子で脱ぎかけただけだよ。 下着を選んで貰うのはまだ早い」


 あぁ、余計な事を言ってしまった。

 これじゃ私が彼の選んだ下着で、抱かれるのを待っているみたいじゃないの、〈おばあちゃん〉は出かけているから、家には彼と私の二人しかいないのに。


 恥ずかしくて顔が熱くなる。


 「この服はどうかな」


 気を取り直して何でもない感じで、サラッと聞いてみる。


 「すごく綺麗だよ。 それで良いんじゃないか」


 あっ、五秒くらいで言ったよ。

 綺麗と言われて気分は悪くはないけれど、ちゃんと見てくれていない。

 私の熱気に比べて、おざなり過ぎるよ。


 「言うのが早すぎるよ。 もっと良く見てほしいな」


 私は彼に文句を言ってしまう、〈あなた〉のために買った服なんだよ。


 「胸を見ている。 いやらしいな」


 それなのに私の胸を見ている、エッチなことを考えているんだ。

 さっき脱ぎかけて、下着をチラッと見せたのが失敗だったな。


 私と二人切りでいるんだから、そんな気分になるのは、しょうがないと思う。

 何も思われなかったら、その方が良くない気がする、私の魅力に大きな疑問符ぎもんふがついてしまう。


 ふふっ、見たければ見ればいいでしょう、私は彼女なんだから、それほど遠慮はいらないわ。

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