第14話 乙女とミニスカート

〇■☆◆


 会社へ着いて直ぐ、私は待っていたように、あの人へメッセージを送った。

 ふふっ、備品倉庫でお弁当を渡してあげるって言う内容なんだ。


 お弁当を渡す場所を色々考えたのだけど、備品倉庫に用事があるのは、私が所属している経理部の職員だけだから、見つかる恐れはないと思う。


 会社の中だけど、密室であの人に会うんだ、そう考えると頬が火照ほてってしまいそう。

 私は恋する乙女になっているのだと思う。


 「あっ、来てくれたんだ」


 やっぱりだ、来てくれただけでこんなにも嬉しくなってしまう。

 嬉しくって、ニタニタとした話し方になるのが、とっても恥ずかしいな。


 「ありがとう。 手間をかけさしてすまないな」


 褒められたら、もうダメだ、〈あなた〉から目が離せない。

 優しい目がドンドン近づいてくると思っていたら、口づけをされてしまったの。

 少しだけある背徳感と、願い通りになった充実感で、私は心の高まりがもう隠せそうにない。


 「ふぁ、会社でするなんて、私達不良なんだ。 ここで口づけをしたと、誰にも言ってはダメですよ。 二人だけの秘密ですからね。 うふふ」


 私が誘うような目をしたから、抱きしめて口づけをしてくれたんだ。

 この人も、私と口づけがしたかったんだ、そう思うとご機嫌になるしかないよ。


 隠れて会社でするなんて、私と彼はなんて悪い恋人達なんだと思う。

 悪い事をしているからか、こんなにドキドキしちゃうよ、二人だけの秘密を持ってもっと仲が深まった気もする。


 私はとっても満足して仕事に戻っていった。



 〈幸の後には不幸があぎとを開いて待っている〉と、昔の人が言ってくれているらしい。

 それは本当の事だと思い知らされる。


 クズから「茶色の弁当で頑張っているな(笑)。 〈みすず〉の都合つごうが悪いから、ご褒美ほうびに今日抱いてやるよ」とメッセージが送信されてきた。


 くっ、私が心を込めたお弁当を笑うな、何がご褒美だ、拷問ごうもんの間違いだろう。


 クズにはもう二度と抱かれたくはない、今の私には付き合っている人がいるんだ。

 おどされていたとしても、浮気したことにもなってしまう。


 もうクズには、ちかって抱かれるもんか。

 必死に私は考える。

 何でも良いから、クズが怒ったりしない、断る理由がないものか。


 私は祈るような気持ちでメッセージを送った。


 「今日の夜、彼のアパートへ行く約束になっています。 このチャンスをのがせば、結婚が遠のくと思います」


 「ちっ、しょうがないな。 ブスだからチャンスも一回だけか(笑)。 あそこに穴が開いたパンツでもはいてゆけよ(笑)」


 下品さ加減もひどい、クズなんだから当たり前か。

 だけど良かった、私の祈りが通じたんだ。


 ただ上手く行き過ぎて少し心配になってくる。

 嘘がバレたらマズいことになりかねない、クズに彼のアパートでの様子を聞かれた時に、少しは信憑性しんぴょうせいのある事を返す必要がある。


 それに私も彼のアパートへ行ってみたい。

 大いに興味があるんだ、好きな人が住んでいる所を見てみたいと思うのは、ごく普通の乙女心だよね。


 「お願いがあるのです。 どうしても、〈あなた〉が住んでいるアパートへ行きたいんです」


 私は持てる可愛さと、胸の周りのお肉を両手でかき集め、精一杯の魅力を彼の目にぶつけて、彼にお願いをしてみる。

 上目遣うわめづかいで、キラキラしたひとみになるように心がけてみたんだ。


 そうするとなぜだが、行きたい理由を聞かれてしまった。

 理由なんかが必要なの、ただ行きたいのが分からないのかな。


 しょうがないので、お掃除だと答えておいた、男性の一人暮らしなら部屋は汚いと決まっているものよ。

 それを私がパパパッとお掃除すれば、〈〈美幸〉はお掃除も完璧なんだな。 ぜひお嫁さんにしたい〉と言ってがばっと抱きしめてくれるだろう。


 うわぁ、その後はどうなってしまうの、あやういよ。


 「今日行きますね」


 彼は〈今日なの〉と少し難色なんしょくしめしていたけど、急で悪いんだけど、今日じゃないとダメなんだ。


 就業時間が終わったなら、私は大急ぎで家に帰る必要がある。

 こんなことは初めてだったので、同僚が「おぉ」と言っていた、先輩は「怪しい」と呟いていた。

 でも私は、そんなことにかまってはいられない。


 シャワーを浴びて、買ったばかりの可愛い下着を履いている時に、ふと思う。

 私は何のために慌ててこれらをしているのか、彼に見てもらいたいの。


 そうじゃない、これは女のたしなみってことです、そんなみだらな考えは一切いっさいありません。

 でも彼が強く望めば、全くとも言い切れません、なんたって私は彼の彼女なんですもん。


 お化粧を直しミニスカートを履いて電車に乗ると、男の人が私の足を見てくる。

 不快だな、見ないでほしい、彼のためのミニスカートなんだよ。


 うわぁ、私の本音はそうなんだ、すごく恥かしくなる、顔が火照ってくるよ。

 シャワーも可愛い下着もお化粧も、全部彼のためなんだ。


 うーん、でも違うとも思う。

 全部私のためなんだ。


 私が彼に愛されたいと、思ってしていることなんだ。

 だけど自分ためだとして何が悪いの、好きな人に愛されたいのが恋愛だと思うな。


 恋愛経験が今しかない私が、にもつかない恋愛論を考えていると、あっという間に駅へ着いたみたい。


 彼の顔を見ると、バカみたいな私の恋愛論は星空まで吹き飛んで、ただ幸せになってしまう。

 顔がにやけて止まらないよ。


 ただ顔が見たい、会いたいっていうのが、恋愛なのかも知れないな。

 彼が私の足を見ているのも嬉しい。私に魅力があるんだと思いたいな。


 だけど自転車は無いわ。


 またをがばっと開いて乗れと言うの、私はミニスカートなのよ。


 んー、でも待って。

 あっ、部活終わりの情景を思い出した。

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