第12話 自転車とカップラーメン

 〈美幸〉は準備が少しあると言うので、俺のアパートの最寄り駅で7時に待ち合わせをすることになった。


 俺はいつもより早く退勤して、ドラックストアで必要になるだろう物を、ひと箱買うことが出来て、ホッと一安心だ。

 クールなパッケージに決めたぜ。


 部屋を掃除するって言ってから、部屋に軽く掃除機をかけて、自転車で駅に向かう。

 

 家賃を節約するためだが、俺のアパートは最寄り駅から、自転車でも15分はかかる距離だ。

 バスの路線も通って無くて、築年数も三十年以上経過しているから、そこそこの広さがある割に格安となっている。

 エレベーターが設置されていないのに、部屋が五階であることも影響しているだろう。


 「うふふ、来ちゃいました」


 何がそんなに嬉しいんだ。

 男のアパートへ、夜に来るって言う意味が分かっているのか。


 あっ、忘れていたぞ。

 色仕掛けが成功しそうだから、嬉しいのか。


 「アパートまで遠いから、二人乗りで行こう」


 改めて見ると〈美幸〉は、家で着替えてきたんだろう、フレアの黒いミニスカートを履いているぞ。

 煌々こうこうとした照明にらされた足に、ツルツルとした光沢があって、やけになまめかしい。

 でも困ったな、これで自転車に乗るのは厳しいな、またいだら下着が見えてしまう。


 「えっ、自転車に乗るのですか」


 〈美幸〉は自転車に乗るとは考えていなかったのだろう、無意識にスカートの裾を引っ張っているのは、どうしたものかと困っている感じだ。


 「うーん、ミニスカートでは厳しいか。 しょうがない、歩いて行こうか」


  「あっ、見たことがあります。 私、〈横座り〉で乗ります」


 〈美幸〉はすごく良い事を思いついた感じで、ニマニマと笑いながら、自転車に横向きに座った。


 落ちないためだと思うが、右手を俺の腰にギュッと回して、上半身を俺にピッタリと押し付けている。

 〈美幸〉の柔らかく温かな体が、俺の期待と一部を、いやがうえにもふくらませてしまうぞ。


 五階まで上がる階段はかなり急なため、〈美幸〉に下からのぞかれないように、直ぐ後ろについていて欲しいとお願いされた。


 〈美幸〉の白いブラウスを見ながら昇っていく訳だが、透けたブラジャーのピンク色のヒモが目について仕方しかたがない。

 フロントホックでは無いみたいだ。


 「きゃー」


 〈美幸〉が幅の狭い階段を踏み外して、四つんいになって手をついている。

 この体勢では、黒いミニスカートの中が見えてしまう、おっ、下もピンクだ。


 「大丈夫か」


 「きゃっ」


 俺は〈美幸〉を抱え上げるように持ち上げて、立たせてあげた、少し胸に触れてしまったけど本当に偶然なんだ、わざとじゃ無かったんです。


 「へぇー、綺麗にしているんですね。 って言うか物がほとんど無いです」


 「シンプルイズベストだろう」


 俺はシンプルな生活を心がけているから、テレビも無いし食器棚も洋服箪笥ようふくだんすも持っていないんだ。

 食器は最小限だし服は押し入れに収納してある。

 1DKでDKは十畳もあるのだが、パソコン用の小さな机しか置いてはいない。


 「えぇっと、…… 」


 部屋にはソファーも無いからな、たぶん、どこへ座ったら良いのか聞きたいのだろう。


 「そこにあるビジネスチェアに座ってくれよ。 俺はこっちの椅子に座るから」


 「えぇー、それは踏みふみだいじゃないのですか」


 「その用途でも使える、〈ハイステップチェア〉って言うすぐれものなんだよ」


 〈美幸〉はゴニョゴニョと小さな声でつぶやいていたけど、きっと俺の簡素な生活様式に感銘かんめいを受けたのだろう。


 「あぁ、やっちゃいました。 掃除用具を忘れてしまいました」


 〈美幸〉は頭を抱えてやってしまった感を出しているけど、掃除用具を電車で持ってくるのか、ほうきやバケツだろう、現実的じゃないと思うな。


 「まあ、気にするなよ。 まあまあ綺麗にしているだろう。 それよりも何か飲む。お茶と水のペットボトルがあるんだ」


 「ありがとうございます。 お茶が良いです」


 冷蔵庫からお茶のペットボトルを取り出して、〈美幸〉に渡してあげる。


 「あっ、食材が何も入っていない」


 スカスカの冷蔵庫の中が見えたのだろう。


 「自慢じゃないけど、食パンとコンビニ弁当とカップラーメンしか、食べたことが無いぞ」


 「うぅ、それは本当に自慢になりません。 今晩の夕食をどうするつもりだったんです 。私が何か作ってあげようと思っていたのに」


 「今日はカップラーメンだな。 〈美幸〉は何味が良い」


 「ふぅ、私はあまり食べたことが無いのですが、何味があるのですか」


 「今はあるのは、カレーに塩味だな。 あっ、チリソースもあったな」


 「私は塩味にしますけど、お湯はどうやってかしているのですか」


 「ガス台の下にヤカンがあるから、コンロで沸かしているよ」


 「ヤカンはあるのですね。 お湯だけでも私が沸かします」


 〈美幸〉はキッチンでゴソゴソして、お湯を沸かしてくれている。


 「あっ、見つけました。 お掃除する場所がありました。 シンクがかなり汚れています」


 「おぉ、そうか。 で、シンクってなに」


 「説明は困難で放棄ほうきしたいです。 クエン酸や重曹じゅうそうはないですよね」


 「無いよ。 あいにく化学の実験が趣味じゃないんだ」


 「ふぅ、それじゃいつもは何で洗っているのですか」


 「ガス台の下に入っている、〈怖いほど落ちるさん〉だな。 かなりの直ぐれ物だよ」


 「バンジージャンプを思い起こさせる、何か嫌な名前ですね。 ありました、これメラミンスポンジです。 だけど名前に〈酸〉があるのに〈酸〉が含まれていませんよ」


 うーん、固形物に酸が含まれていたら、かなり危ないんじゃないのかな。


 「掃除は後で良いじゃないか。 先にカップラーメンを食べようよ」


 大きなテーブルはないから、パソコン用の小さな机に、俺と〈美幸〉は肩が触れ合うほど引っ付いて、カップラーメンをすすった。


 手作り弁当を食ったせいで、カップラーメンが以前より美味しく感じられない、困ったことだ。


 〈美幸〉も何とも言えない顔をして食べているな。

 まあ、〈猫またぎ弁当〉よりは数段マシだから、何も問題はない。


 〈美幸〉は歯を磨いた後、早速シンクを掃除しだした。

 シンクとは流し台のことだったんだ。


 掃除用具は忘れたらしいが、〈美幸〉は歯ブラシとエプロンは持ってきている。

 エプロンは、ピンク色でヒラヒラがついた可愛いものだ、下着と色とおそろいにしたのかも知れない。

 歯ブラシのもピンク色だったから、合わせることを徹底しているな。


 徹底的に掃除をするため、〈美幸〉は腰を曲げてシンクにおおかぶさっているから、ミニスカートの裾からピンク色のパンツが見えてしまっている。

 力を入れてゴシゴシと手でこすっているから、その動きに連動してお尻もフリフリと動くんだ。

 女性の下着はパンツと言うのか分からないが、レースのヒラヒラがついた可愛いものだと分かるほど、ハッキリと見えている。


 そうすると、健全な若い男である俺は、もうダメな訳ですよ。

 主に自重じちょうとか我慢するっていう、紳士的でクソな概念がいねんがです。

 避妊具はダースで確保してあるし、キスもしたやれそうな女の子が、一人暮らしのアパートへ来ているのですから、しない方が失礼だと言うものです。


 騙されていてもやれることはやろう、〈あばあちゃん〉にバレないように離婚してクズ部長から慰謝料を盗れば良いんだ。


 少し考えれば無理だと分かることも、根源的な欲望の前では塵芥化ちりあくたかするって事です。


 いずれ寝取られて離婚するにしても、設定を演じている〈美幸〉は、可愛いところがあって家庭的なむすめだ、俺の好きなタイプでもある。

 嘘じゃなければ良いとさえ思っているから、もう歯止めが効かないんだ。

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