第11話 備品倉庫と弁当包

 〇■☆◆


 朝会社へ行くと〈美幸〉からスマホへメッセージが届き、弁当を備品倉庫びひんそうこで渡すと書いてある。


 おっ、会社の中でキスした女と会うのか、それも普段あまり人気ひとけのない場所でだ。

 陳腐ちんぷな小説か、テレビドラマに出てくるような設定だな。


 俺はどうするべきだ、抱きしめて軽くキスしてやろうか、それともキス以上のことをしてみるか。


 でもそんなことをすれば、結婚へ向かって一直線になってしまうぞ。

 そろそろ、この先どうするのかを決める時が迫っていると思う。


 「あっ、来てくれたんだ」


 おいおい、あんたがここに来いって呼び出したんだろう。


 〈美幸〉に手渡されたのは、アルミで出来た長方形の弁当箱だ。

 大きさはそこそこあってかなり重い、そして何よりも、レトロ感が半端はんぱないぞ。


 「へへっ、お父さんのだけど、まだ新品なんだから」


 「ありがとう。 手間をかけさしてすまないな」


 お父さんって、幼い頃に亡くなったんだろう、何年前の物なんだよ。

 それにしても、ピンク色の弁当包は勘弁してほしい、女の子に作って貰ったのがバレバレだ。


 〈美幸〉は俺に弁当を渡した後も、備品倉庫から出ていこうとはしない。

 そう言う俺も、〈今日の唇は赤いな〉と〈美幸〉の顔を見ていたと思う。


 〈美幸〉がモジモジと体を動かしているのは、俺がする次の行動を待っているためだろう。

 俺は〈しょうがないな〉と心の中で、しなくても良い言い訳をして、〈美幸〉をそっと抱き寄せ軽いキスをした。


 「ふぁ、会社でするなんて、私達不良なんだ。 ここで口づけをしたと、誰にも言ってはダメですよ。 二人だけの秘密ですからね。 うふふ」


 そう言い残して、〈美幸〉は紺色の事務服に包まれたお尻を、俺に見せつけながら倉庫を速足で出ていった。


 やっちまったな。


 〈美幸〉の色仕掛けに、俺はもうまってしまっている。

 嘘なんだけど、清純な乙女で俺に好意寄せてくれていると、どうしても勘違いをしてしまう。


 俺はブンブンと頭を振って、重い足取りで倉庫から出ていった。


 昼休みになり弁当を食べようとすると、俺の机の周りにワラワラと、悲しい社畜達が集まってくる。

 ピンク色の弁当包を、辛い現実しかない会社の中で目ざとく見つけたらしい。


 サバンナでライオンの獲物えものを、横取よこどりしようとしている、まるでハイエナのようだな。

 俺をからかって、たまりに溜まったさをらすつもりなんだ。


 ハイエナが集まっているのは何事だと、くさったマントヒヒである〈町田部長〉も見にきやがった。

 おおかた、皆が自分の悪口を言っているんじゃないかと、疑心暗鬼ぎしんあんきになっているだろう。


 大正解だ。

 金曜はその話だったぜ、ははっ。


 「おぉ、今日は〈猫またぎ弁当〉じゃなくて、手作り弁当なんだな」


 「ピンクの袋か。ひゃひゃ、さては彼女が出来たのか」


 「ひよぉ、思っていたより、やるじゃないか」


 「なるほどな。まずは胃袋か」


 だけど俺が弁当箱のを開けたら、何か言ってやろうと待ち構えていた、悲しい社畜達は一斉に散ってしまった。

 〈町田部長〉も「わぁ、茶色だ」と嫌な性格に合った暴言を、吐き出しながら部屋から出ていってくれた、大変良い事だ。


 悲しい社畜達は弁当の中身が、茶色にかたよっているから、彼女じゃなく、母親か自分で作ったと誤解してくれたんだろう。


 茶色でありがとう、〈美幸〉。

 ゆっくりと落ち着いて、美味しい昼食が食べられるよ。


 弁当には、〈ピリ辛のきんぴらごぼう〉と〈自家製コロッケ〉と〈鳥の竜田揚げ〉が詰められ、ご飯の上には何だか美味しい〈おかか〉が乗っているじゃないか。


 うまい、うまい、うまいぞ。


 弁当の空を返すため、また備品倉庫へやってきた。


 「美味しかったよ、ありがとう」


 「それは良かったのですが、たってのお願いがあるのです。 どうしても、〈あなた〉が住んでいるアパートへ行きたいんです」


 弁当を褒めたのにそれはほぼ無視して、〈美幸〉が必死の形相ぎょうそうで俺に懇願してくる。

 俺のアパートへ来ることが、そんなに必死になることなのか。


 俺を〈あなた〉と呼ぶ事と、同時にせぬ。


 「えっ、アパートへ来たいのか。 理由はなんなの」


 騙されていなかったら、理由なんかは決して聞いたりはしない、彼女とやれる大きなチャンスだからな。

 腕を大きく広げて、〈いつでも良いよ〉と満面の笑みで応えるところだ。


 「えぇっと、それは。 あっ、お掃除をしてあげたいのです。 一人暮らしでしょう」


 答えにかなり時間がかかったな、必死に理由を考えていたように思う。

 考えなければならないような理由は、取ってつけたものだ、本当の理由はなんだろう。


 まさか、色仕掛けの最終局面を画策しているのでは。

 良い面だけとれば、一発出来るってことだよな。


 俺はしばらく悩んで「良いよ」と答えた。

 一発やったとしても、必ず結婚する必要はないのだから、〈据え膳食わぬは男の恥〉ってヤツだ。


 〈美幸〉の丸いお尻が悪いんだ、俺は何も悪くない。


 「うわぁ、ありがとうございます。 今日行きますね」


 はぁ、もう会社の退勤時間だから、後二時間後くらいに来るってことか、俺の心の準備がまだ出来ていないんですけど。


 「えぇっ、今日なの」


 「うっ、ダメですか」


 コンドームを買いに行く時間があるかな、何とかなるだろう。


 「良いけど」

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