第6話 スルメとおつまみ昆布
〇■☆◆
今日のデートは、映画で恋愛映画を見ることになった。
恋愛映画は私がそう言ったのだけど、デートなんだからそれが常識よね。
クズからメッセージで、〈おまえはブスなんだから、もっと
何が真面目だ。
真面目な女の子は、露骨に誘ったりなんかしないよ。
だけど私は動画をばら撒かれるのが怖いから、恥ずかしくても露骨に迫るしかない。
手にそっと触れるシーンが映し出されたから、私もこれに乗って手を伸ばしてみよう。
だけど、心臓がドキドキして鳴り止まないし、顔から火が噴き出しそうになっている。
手を握られたら誘いは成功だけど、誘った私はどうされてしまうのだろう、とても怖くなってしまう。
逆に手を握られなかったら、私は落ち込んでしまいそうで、それも怖くなる。
危険なことだけど、私はこの人に、
クズに深く傷つけられた心を、誰でも良いから
今の私は
私のことを「可愛い」と言った前科があるこの人には、細心の注意が必要だ。
もうかなり持っていかれている。
きゃー、そんな。
手を握られてしまった。
それも恋人がするような、指を絡ませる握り方だ。
私はカッと顔も身体も熱くなってしまい、胸が痛いような感じになってしまった。
恋愛映画で見たことがある繋ぎ方を、今私はされているんだ。
これは恋人達がすることだよ。
いけない。
心が持って行かれるところだった。
どうせ私を玩具にすることが目的でしょう。
試してやるわ。
私は握った手を自分の太ももに持って行った
こうすれば私の同意を得たと、太ももを触るでしょうから、それで本性が分かるはず。
でも分かったところで、何か良い事があるのかしら。
うーん、しょうがない、腹をくくるしかないわ。
私を玩具にするような男と結婚しても、〈おばあちゃん〉が喜ぶはずがないもの。
動画を拡散されて私の裸を沢山の人が見ることになっても、〈おばあちゃん〉と二人で何とか生きていけるはずよ。
最後の最後は、お父さんとお母さんには申し訳ないけど、住んでいる家を売れば〈おばあちゃん〉が天国に行くまでの間くらい暮らしていけると思う。
それしても、この人の手は何でこんなにも熱いのかしら。
手が触れている太ももから、熱いものが身体中に駆け巡って、頭も胸もお腹も沸騰しそう。
なぜ手を動かさないの。
なぜ手を離してくれないの。
映画なんて見てられないし、あなたがどんな顔になっているか、とてもじゃないけど確かめられないわ。
私は映画が終わるまで、体が熱くなるのを
映画が終わっても、まだ握った手を離してくれないよ。
私は身体中を真っ赤に染めているはずだ、恥ずかしいから握った手を解こうと思っても、バカな私の右手が言うことを聞いてくれない。
「これからどうしたい」って聞かれたから。
「へへっ、お酒を飲みたいかな」
うわぁ、どうしたんだ〈美幸〉。
男にこんな
新しい自分の発見は発見だけど、悲しい発見のような気もする。
居酒屋で対面に座ったから、やっと手を離すことが出来た。
ただ個室で二人切りだから、また違った気恥ずかしさが襲ってくる。
私は〈イタリアンスクリュードライバー〉と言う名前の割には、かなりアルコール度数が低いカクテルを頼むことにした。
弱いお酒で検索に出てきたものだ、もう二度と泥酔するような愚かな事はしない。
「バーボンがお好きなんですか」
「このお刺身は角が立っているから、かなり新鮮ですよ」
「茶碗蒸しにすが入っています。加熱し過ぎですね」
自分でも信じられないけど、仕事以外で男との人とまともに会話したこともない私が、良くしゃべっていたと思う。
手も繋いだし、何回も抱き着いたし、太ももだって触らせたんだ。
慣れたって言うか、遠慮がなくなったと言うのか、すでに特別な人になっている。
普通に付き合っている人の様に、おしゃべりを楽しんでいると、意外なことを聞いてきた。
「新聞で横領の話が載っていたけど、うちの会社も心配になるね。 〈美幸〉さんは経理だから、その辺のところの情報は持っていないの」
えぇー、どうしてこんなことを聞いてくるのかしら。
予想外過ぎて、理由が全く分からないよ。
「えっ、横領ですか。 私の知っている限り、そんなことは無いですよ。 変な心配をするんですね」
誰かが会社のお金を、横領したっていう噂でも流れているの。
だけど経理部ではそんな感じは全然しない。
私は周りの人の言動にいつも注意を払っているけど、そんな雰囲気は
でもこのタイミングで聞いてきたってことは、何かがあるんだ。
私はもう酔わないって言ってたけど、少し酔っていたのかも知れない。
少し揺さぶりをかけて、様子を見ることにした。
でも本音は私のことをどう思っているかを、知りたかったんだと思う。
「何時まで経っても、私のことを〈さん〉づけで呼ぶんですね。 少し淋しいです」
「もぉ、私を呼び捨ててください」
「はぁ、どうしてもですか」
何よ、その言い方は。
私が一方的に好きになっているみたいじゃないの。
「うぅぅん、どうしてもです」
うわぁ、どうしたんだろう私は。
こんな甘えた声を出して、色仕掛けをしろと言われているけど、やりすぎじゃないのかな。
「分かったよ。 〈みゆき〉、可愛いね。 これで良いかい」
あぁ、また〈可愛い〉って言われた。
呼び捨てにされたのは、思ってた以上に衝撃が強くて
ブスにそんな事を言ったらいけないんだよ。
本気にしたら、あなたは責任を取ってくれるの。
「ふぁ、キュンってしちゃいました。 突然は、ズルいです」
ほら、また甘えた声が出たでしょう。
もう知らないんだからね。
割り
お店の人も困っているよ、変なところで頑固なんだね。
借りは作りたくはないのだけど、悪い気もしないな。
しょうがないから、今度私が奢るってことで今晩は譲ってあげよう。
更に私はこの人を試すことにした。
腕を絡めてホテル街の方へ、私が引っ張っていったら、果たしてどうするかだ。
ホテルに私を強引に連れ込むようなまねをすれば、やっぱり私の体が目的だと思う。
危なくなった時のために、私はいつも鞄に防犯ブザーを
クズにやられた時は泥酔していたから、使えなかったことが、今もすごく悔しい。
へぇー、ホテル街へ私が向かうのを
クズに結婚しろと言われたこの人は、一体どう言う人なんだろう。
私の弱った心が、この人に助けて貰いなさいと、
この人と結婚すれば幸せになれるかも知れないと、私をそそのかしてくる。
私のことを「可愛い」と言ってくれる、とても珍しい人なんだ。
珍獣みたいなものじゃないかな。
私は少しハイになって、珍獣さんに変なことを言いながら、家へ帰ってきた。
やっぱり少し酔っているみたいで、玄関のカギが中々開けられない。
珍獣さんは私を背中から抱くようにして、玄関のカギを開けようとしてくれたけど、いきなりそれは反則だよ。
私は突然、背中が燃えるように熱くなって、またキュンとしちゃったじゃないの。
こんなことをして、責任をとるおつもりはあるのですか。
おっ、〈おばあちゃん〉に丁寧に挨拶をしているな。
初めて会ったのに、〈おばあちゃん〉がなぜか少しも警戒していない。
この人がとんでもない笑顔を〈おばあちゃん〉に向けているからだ。
この人も、〈おばあちゃん〉子なのかも知れないな。
「うふふ、酔っぱらいを送って頂いて、ありがとうございます。 外では何ですから、汚くしていますが、どうぞお上がりになってください」
帰りたそうにしていたけど、〈おばあちゃん〉に言われて、古くて汚い家だけどあがってくれた。
ただ私の言うことより、〈おばあちゃん〉の言うことを聞くのは、いかがなものかと思う。
あんたと付き合っているのは、〈おばあちゃん〉じゃなくて、私だぞ。
帰った後に、〈おばあちゃん〉に彼の印象を聞いたら、笑いながら答えたくれた。
「悪い人じゃないね。 ただ
「えぇー、変なことを言わないでよ。 好きにはなっていないよ。 でも
「ふふっ、おじいさんもお父さんも頑固だったわ。 頑固な人を好きになるのは、悪い遺伝ね。 でもその方が、何時までも噛んでいられるスルメみたいで、味があって良いものよ」
「ははっ、スルメ男なんだ」
「おつまみ昆布でも良いわよ。ふふ」
「はぁ、段々ひどい
「ふふ、そんなことないわ。歯が悪くなる前は、〈おばあちゃん〉の好物だったのよ」
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