第4話 怖いとお弁当

 〇■☆◆


 うぅ、歩いている人がみんな私のことを見ている。

 胸の形がハッキリと出てしまう服と、ミニスカートをいているせいだ。


 太ももをこんなにさらけ出すのは、小学校以来したことがないよ。

 服屋さんで買った時は、これほどだとは思わなかった、室内と野外では違うんだな。


 痴女ちじょみたいに見られているのかな、すごく恥ずかしいし、痴漢されたらどうしよう。

 朝だから大丈夫とは思うけど、誘っていると思われないか心配になってしまう。


 不安と羞恥しゅうちに耐えていたら、相手の人が来てくれたので、ちょっぴり安心することが出来た。

 デートの時ならこのくらい普通よね、男の人がいれば痴漢はしてこないはず。


 相手の人は、「ごめん、待たせたかな」と言って、遅刻じゃないのに謝ってくれている。


 おぉ、まともな人なんだ。


 私の服装を見て一瞬驚いてはいたけど、あまり見ないようにしてくれているのは、礼儀正しいからだと思う。

 こんなに気の良さそうな人が、クズと一緒になって私を玩具にしようとしているの。

 違うような気もしてくるな。



 遊園地に来るのは小学生の時以来だ。

 両親がまだ生きていたから、すごく楽しかった記憶がまだ残っている、私のテンションがあがってしまう場所でもある。


 もちろん、デートでは来たことが無い、って言うかデートするのもこれが初めてなんだ。

 そう思ったら少しドキドキしてしまう。


 ただデートもしたことが無いのに、処女は最低のクズにうばわわれて、またはずかしめを受けた私は何なんだと、とても悲しくなってくるな。


 嫌な記憶がよみがえり少しぼーっとしていた私に、相手の人が鞄をコインロッカーへ入れたらと言ってきた。

 確かにこの鞄は重いんだ、お弁当が二つと水筒が入っているからね。


 おぉ、まともな人なんだ。


 普通に気遣きづかいが出来る人なんだ、私は優しくしてもらって涙が出そうになる。

 ひどいことばかりあったから、ちょっとしたことでも、直ぐに心が動かされてしまう。


 私はショルダーバッグを斜め掛けにして、相手の人の隣を歩き出した。

 子供っぽいけど死んだお母さんが、〈こうすれば置き忘れも盗られることもないよ〉と遊園地に来た時に、ニコニコしながらポシェットを掛けてくれたんだ。

 ギューと胸が締め付けられる思いがする。


 家族連れのお父さんが、子供じみた格好かっこうだとジロジロ私を見ているけど、気にはしない。

 私はもう大人だから、家族連れをうらやましく思って、もう泣いたりはしない。


 「絶叫系マシンは大丈夫かな」


 大丈夫じゃありません。

 乗ったことは無いけど、見ただけですごく怖そうです。

 でも遊園地の定番よね、頑張ってみます。


 乗り込んでみたけど、やっぱり怖いよ。

 このバーだけが頼りだ、私は必死につかまっているしかない。


 「本当に大丈夫なの」


 「ふぁい、平気です」


 変な声が出てしまった、私はもう一杯一杯なんだ。


 「すごい」


 私が必死な様子のことなの。

 そうだ忘れていたよ、色仕掛けをしなくてはならないんだ。


 「あっ、手を繋いでも良いですか。少し怖いのです」


 バーから手を離すのはかなり怖いし、私の手はびっしょりと濡れているからとても恥ずかしかった。


 あっ、もう動くの、心をととのえる時間がもっとほしい。


 私はあまりの怖さに悲鳴をあげて、相手に人の手を強く握ってしまう。

 目を固くつぶり早く止まってと、祈ることしか出来ないよ。

 何でも良いから私の手を離さないで、あり得ないほど怖いから、どうかお願いします。


 やっと止まったけど、私は腰が抜けたように動くことが出来ない。

 恐怖が終わった安堵あんどで、体が弛緩しかんしたままなんだ。

 漏らさなかった自分を、褒めてやりたいくらいだ。


 相手の人が、動けない私を抱いて降ろしてくれたのは、恥ずかし過ぎるよ。

 男の人に力強く抱きしめられてしまった。


 私の体がフアフアするのは、どっちのせいなんだろう。


 「どうします。今度はバンジージャンプをやってみますか」


 「えぇー、飛び降りるのですか。そんなの無理です」


 非常識なことを言われた。

 あんなに怖がっていたのに、何てことを言うのだろう、少し笑っているのは私をからかっているんだわ、もうひどくないですか。


 ただ私はからかわれるほど、怖がっていたのだろう、そう思うと自分でも少し可笑しくなってきた。


 「ふふ、私もそうだと思います。飛び降りる人がおかしいのです」


 もうあんな怖い思いをしなくても良いから、単純に嬉しかったのかも知れないな。


 次にどこへ行きたいと聞かれたから、お化け屋敷と答えておいた。

 遊園地で色仕掛けをするのは、ここしか無いからだ。

 相手の人はあまり乗る気でない、もう大人だものそれはそうよね。


 お化け屋敷に中へ入ると、暗がりから私の肩や足首を男の人の手が触ってくる。

 私はお化けじゃなくてそれが恐怖だ、クズに触られたことを思い出してしまう。


 「きゃー、怖い」


 助けてよ。

 本当に怖いんだよ。

 相手の人は私を男の人の手から庇うように守ってくれた。


 「あーん、待ってください」


 私を一人にしないでよ。

 私は守ってくれる人にしがみつくしかない。


 お化けの男の人の手は、私が抱き着くまで触ろうとしてくるんだ、抱き着けば触らないらしい。

 それがサービスなんだろうけど、そんなサービスは全くいらないよ。


 お化け屋敷を出たら、ホッとしたけど顔が赤くなったままだ。

 自分からあんなに抱き着いてしまったのは、色仕掛けとしては及第点きゅうだいてんだろう。


 だけど初めてのデートで、あんなに抱き着くなんて、何ていやらしい女だと思われたに違いない、破廉恥(ハレンチ)過ぎて自分が嫌になる。


 鞄からお弁当を取り出すと、相手の人はかなり驚いていた。

 初めてのデートで作ってくるのとは、思わなかったのだろう。


 それはそうよね。


 私も作る気はなかったのだけど、おばあちゃんにデートに行く事がバレてしまって、お弁当を作るはめになってしまったんだ。

 服屋さんの紙袋で新しいお洋服を買ったことと、鏡でお化粧の練習をしていたから、直ぐに分かってしまったらしい。


 「好きな人を捕まえるのは、まず胃袋よ」と、おばあちゃんはお年寄りだからか、ベタな事を言うんだ。

 それでおばあちゃんにも手伝って貰いながら、朝早く起きて作るはめになってしまった。


 「へぇー、料理が上手いんだな。 とても美味しいよ」


 私とおばあちゃんが作るお弁当は、今時じゃないって言うか、古臭いお弁当と良く言われるから心配していたんだけど、大きな声を出して褒めてくれた。

 表情で本当にそう思っているのが分かってしまう。


 どうしてくれるのよ、すごく嬉しくなって、キュンとしちゃったじゃないの。

 私のお弁当を褒めてくれた人は、あなたが初めてだよ、ニマニマが止まらないよ。


 「可愛いな」


 「えっ、そんな」


 急に何を言い出すのよ。

 心臓がビクンと跳ねて、ドキドキが止まらない。


 私を騙すための嘘かも知れないけど、亡くなった両親とおばあちゃんにしか言われたことが無い言葉なんだよ。


 あなたが初めて私に言ってくれた。

 例え嘘でも嬉しくなるのは、もう止められないよ


 でもまた騙されて酷いことをされるかもしれない。

 少し探りを入れてみよう。


 「〈町田部長〉さんとは、親しいのですね。 どんなお話をされるのですか」


 「いや、それが親しくないんですよ。 上司なんですけど、あまり話したことも無いのです」


 はぁー、親しくないってどういう事。

 あまり知らない人を私に紹介するの、そんなのおかしい、嘘を吐いているなんじゃないのかな。


 「えっ、そうなんですか。 でも、そうなら、どうして」


 「営業部には、フリーな男が僕しかいなかったからです。 〈美幸〉さんに紹介すると安請け合いして困ったあげくが、僕なんだと思います。 〈美幸〉さんも迷惑なことですね」


 確かにこの人は不愛想で変わった人だから、付き合っている女性がいないのはうなずける。


 〈安請け合い〉か。

 この言葉はクズ部長を少しけなしているわ。


 私が迷惑か。

 そんなものではない、乱暴されて脅迫もされているんだ、迷惑なんて軽い言葉では済まないよ。


 「へっ、安請け合いですか。 〈町田部長〉のことを、そんな風におっしゃるのですね」


 私はもう少し探りを入れてみる。


 「あっ、すみません。 〈美幸〉さんは〈町田部長〉のことをお好きなのに、批判的な事を言ってしまい申し訳ないです」


 はぁー、誰があんなクズを好きになるか。

 言って良い事を悪い事があるわ。


 ただこの人が、クズに私を単純に紹介されている可能性も出てきたな。

 この人もクズに、不愛想で変わり者だとあなどられて、私と一緒に玩具にされようとしているのかも知れない。

 それならば、この人は私の同士だ。


 「あっ、謝って貰う必要はないです。 意外だと思っただけです。 それと迷惑なんてとんでもないです」


 うわぁ、最後の言葉が余計だった。

 これじゃ私がこの人を気にいったみたいじゃないの。

 色仕掛けなら正解だけど、思わず出た言葉だから照れてしまうよ。


 クズの命令でしている事なのに、私は遊園地を少し楽しんでしまった。


 懐かしかったのもあるし、ひと時だけでも最低最悪の状況から、逃避とうひしたかったのだと思う。


 だからかもだけど、相手の人を警戒する心が薄れてしまっている。

 騙されやすいことを、ひどいことをされて充分学んだはずなのに、この人は違うと思ってしまうんだ。


 お弁当を美味しいって言ってくれた時の目は、悪い人の目じゃなかった。

 確証はないけど、この人もクズに玩具にされている。

 私と同士なんだと思う。


 いいえ、たぶん、私の心が救いを求めてそう思い込もうとしているんだ。

 これ以上悪意にさらされ続けたら、私の心は辛いことの臨界点に達し壊れてしまうんだと思う。


 だから今日のデートで、はしゃいだことをどうか許してほしい、生まれて初めてのデートなんだから。

 クズにされたことを今日一日くらい忘れても、罰は当たらないよね。


 最後はデートで定番の観覧車だ、テレビドラマで見たことがある。


 「私、男の人とデートをするのは、今日が初めてなんです。 すごく楽しかったな」


 下着が見えてしまいそうになるスカートを気にしがら、この人の真意を確かめるために、少し駆け引きをしてみた。

 だけど半分以上、本心が込められてしまっている。


 「僕も楽しかったですよ。 大人しいと思っていたけど、違う面もあるんですね」


 〈違う面〉って何だろう。

 色仕掛けでグイグイと迫っていたってことかな。

 それとも思っていた以上に、私が笑っていたってことかな。


 この人は私の太ももを見ないようにしてくれているし、やっぱり悪い人じゃないって気がしてくるな。

 私の体が目当てじゃない気がしてくる。


 クズに命令されているから、そうするのだけど、また会うのは嫌じゃないって思ってしまうよ。


 「今日は本当にありがとうございました。 また私と会ってくれますか」


 「えぇ、良いですよ。 また連絡しますね」


 私は家に帰った後に、あの人にメッセージを送った。

 小説か、学生時代の友達に聞いたか忘れたけど、デートが終わった後はこうするもんだと言っていたから、やってみたんだ。


 こんなことをしたら、真面目な恋愛をしている気持ちになってしまうのが、かなり良くないと思う。

 お風呂に入っている時にも、あの人が私を〈可愛い〉と言ってくれたことを思い出してしまうんだよ。

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