第3話 遊園地と鞄

〇■☆◆


 待ち合わせの駅の広場に、俺が時間前に着くと、もう〈美幸〉さんは待ってくれていた。

 俺も十分前には着いているから、謝る必要はないんだけど、一応まともな社会人としては軽く謝った方が良いな。


 「ごめん、待たせたかな」


 「いいえ、私が早すぎたのです」


 わぉー、それにしても、〈美幸〉さんはすごい服で来たな。


 〈美幸〉さんの地味な顔にはまるで合っていない、体にピッタリとした、胸をこれでもかと強調する服を着てきているぞ。

 太ももがむき出しになっている短いスカートもはいているのだが、顔はうつむき加減で真っ赤になっている。


 男を誘うような服と、中身のキャラクターが違い過ぎると思う。


 消え入りそうな小さな声で話すものだから、俺は〈美幸〉さんの口元へ耳を近づける必要に迫られた、その時に白い胸の谷間も少し見えてしまう。


 性格と顔が地味な分だけ逆にエロいな。


 〈町田部長〉との不倫を知っていなかったら、大人しい子が俺の気を引くために、精一杯のアピールをしていると思ってしまうところだ。

 これが全て演技だとすると、〈美幸〉さんはかなりしたたかな女だと思う。


 だけど持っているかばんでも、チグハグな印象を受けてしまう。

 ミニスカートだったら、小さな鞄が合うと思うのだが、かなり大きな鞄を持っているぞ。

 それもかなり重そうだ。

 

 全体的な印象は、露出過多(ろしゅつかた)の家出娘という感じに見える。


 太ももと胸はあまり見ないようにしよう、どうせ〈町田部長〉の描いた絵なんだろう。

 ジロジロと見るのは失礼だと言うより、〈町田部長〉の作戦にまった事になってしまう。

 下衆ゲスなマントヒヒの思い通りになるのは、しゃく以上の屈辱だ。


 「連絡したとおり、遊園地へ行こうと思っているけど、それで良い」


 「はい、私はそれで良いです」


 電車に乗って遊園地へ向かっている。

 俺はかなりしゃべらない方だし、〈美幸〉さんもおしゃべりだとは聞いたこともないから、会話が続かないことを考慮して遊園地にしたんだ。


 〈美幸〉さんはしたたかなくせに、少しも話しかけてこなかった。

 本当は清純で内気だけど、あなたのために無理をしてセクシーな服を着てきたっていう、設定なんだと思う。


 いつわりじゃない本当のデートに、こんなセクシーな服を着てこられたならば、俺は緊張しまくって焦りまくっていたはずだ。

 不道徳な期待に脳内があふれかえって、無様ぶざま醜態しゅうたいさらしていただろう。


 だけどこのデートは、〈町田部長〉の性質たちが極悪の〈寝取りプレイ〉だと分かっているので、少しも動じることはない、俺は平常心が保てている。

 自分から無理に話かける必要もないし、沈黙も全然怖くない。


 遊園地ではまず最初に、コインロッカーへかなり重そうな鞄を放り込むことにした。

 〈美幸〉さんが持っているものは、小さなショルダーバッグだけになったのだが、それを右肩から斜めに掛けている。


 そのショルダーバッグの肩ヒモが、〈美幸〉さんの胸の谷間を縦断じゅうだんすることにより、おっぱいが左右に別れてものすごく強調されている状況だ。

 思っていた以上に大きく見えるし、あざと過ぎるとも思う。


 ちょっと反則じゃないか、家族サービスの旦那さんが〈美幸〉さんのおっぱいを凝視しているので、奥さんの機嫌が見る見るうちに悪くなっているぞ。

 いくら〈町田部長〉の指示だから言っても、ちょっとやりすぎだよ。


 よそ様の家庭を壊しちゃいけない。


 「絶叫系マシンは大丈夫かな」


 「初めて乗りますけど、大丈夫です」


 〈美幸〉さんは、青い顔をして涙目になっているようにも見える。

 すごい、自在に涙が出せて、顔色まで変えられるんだ。

 もう女優さんと言っても良い。


 必死にバーに掴まっている〈美幸〉さんは、もう迫真の演技だ。

 目はすでに恐怖で見開いているようにも見えるし、小刻みに体を震わせてもいる。


 「本当に大丈夫なの」


 俺はこの迫真の演技に少し騙されて、思わず心配してしまった。

 それほど真実味があったんだ。


 「ふぁい、平気です」


 声も裏返すのか、徹底している。


 「すごい」


 思わず心の声が漏れてしまったよ。


 「あっ、手をつないでも良いですか。少し怖いのです」


 おっ、ここで肉体的な接触を図るのか、かなり自然な展開をしてくるな。

 敵はとんでもない手練てだれだぞ。


 〈美幸〉さんの手は、小さくて汗でじっとりと濡れている。

 汗も出せるのか。


 絶叫系マシンが動き出したら、〈美幸〉さんは「ひゃ」と可愛く小さな悲鳴をあげて、俺の手をギュウギュウ握ってくる。


 目を固くつぶり悲鳴を押し殺した演技が上手すぎる。

 ひょっとしたら、絶叫系マシンが本当に苦手なのかもしれないと、思ってしまう。


 絶叫系マシンが終着点に止まっても、〈美幸〉さんは俺の手を固く握ったままだ。

 係員が早くどけよって言う顔をしているから、しょうがないので、俺がバーを下げて〈美幸〉さんを抱えるように降ろしてあげた。


 「すみません。体が固まって動けなかったのです」


 どこまでも演技を続ける〈美幸〉さんに、俺は意地悪をしてみたくなってしまう。


 「どうします。今度はバンジージャンプをやってみますか」


 「えぇー、飛び降りるのですか。そんなの無理です」


 〈美幸〉さんが少し怒ったように、返事を返してきたのは、バンジージャンプは本当に嫌なんだろう。

 そう言う俺も、金を払ってあんなことをする人の気持ちが、全く理解できない。


 「ははっ、あれは単なる飛び降りですよね。どうしてあんなのに、お金を払うのかが不思議です」


 「ふふ、私もそうだと思います。飛び降りる人がおかしいのです」


 〈美幸〉さんはにこやかに、バンジージャンプを全否定しているな。

 バンジージャンプを飛ばないと分かって、すごく嬉しそうだ。


 次にどこへ行きたいと聞いたら、お化け屋敷が良いと言う。

 はぁー、いい年をしてお化け屋敷なのか、あんなの子供騙だましじゃないか。


 「きゃー、怖い」

 「あーん、待ってください」


 〈美幸〉さんは、お化け屋敷に入った途端、俺に抱き着いてくる。

 お化け屋敷を選んだ理由は、こういう事か。


 わざとらしいと思うが、ピッタリした服とショルダーバッグで強調された胸を、演技だと分かっていても感じてしまう。

 暗くて分からないけど、俺の顔はにやけていたと自分でも思う。


 すごく大きくはないけど、おっぱいのサイズはかなりあるんじゃないか。

 良く知らないけど、Cカップで80センチはあるんじゃないかな。


 俺は〈美幸〉さんを抱きかかえるようにして、お化け屋敷の中を進んでいく。

 〈美幸〉さんの体は柔らかくて、シャンプーだと思うけど、良い匂いがしてくる。


 地味だけど容姿は言われているほど悪くはないから、不倫の事を知らなかったら、俺は簡単に落ちていたと思う。

 俺は女性にモテる訳がないから、こんなに抱き着かれたら、とんでもなく舞い上がっていたはずだ。

 こんな肉弾アタックは、生まれてから一度も受けたこともないし、これからも受けることは無いと断言できる。


 俺も他人の容姿を言える立場じゃないから、付き合っても何の違和感もないとも思う。

 こんなイチャイチャは、頭がお軽いバカカップルしかしないだろうけど。


 「抱き着いてしまって、ごめんなさい。お化は怖くは無いのですが、男の人に足とか体を触られるのが怖いんです」


 〈美幸〉さんはポッと顔を赤らめて、恥ずかしそうにしている。

 えぇー、あの脂ぎったマントヒヒ部長に体をまさぐられるよりは、学生アルバイトの方が数段マシだろう。


 お昼になりご飯を食べようとすると、〈美幸〉さんはお弁当を作ってきたと言い出した。


 大きい鞄だとは思っていたけど、予想外の不意打ちだな。

 最初のデートでお弁当は、気合が入り過ぎで気持ちが重過ぎると思われるぞ。


 まあ、どうせコンビニ弁当なんかを買って詰め替えたんだろうと、高をたかをくくっていたが、〈美幸〉さんのお弁当は小っちゃくて茶色だった。


 サイズが男の俺には少し小さいんだ、それとおかずが全部茶色に偏っているっていうか、ミニトマトとブロッコリー以外は全部焦ぜんぶこげ茶だ。


 ただ食べるとすごく美味しい、家庭の味って言うか、ほっとする味がする。

 毎日食べても、きないと思わせる優しい味だ。

 こんなに薄味で出汁だしが効いているおかずは、手作りでしかあり得ない。


 「へぇー、料理が上手いんだな。 とても美味しいよ」


 「ふふ、そうですか。 褒めて頂いてありがとうございます。 私、おばあちゃん子なので、年寄り臭いって良く言われるのですけど、嬉しいです」


 〈美幸〉さんは俺に水筒からお茶を注いでくれながら、花が咲いたように笑っている。


 「可愛いな」


 騙そうとされているのに、俺は思わずこう口走ってしまった。


 「えっ、そんな」


 〈美幸〉さんは水筒を持ったまま、真っ赤になってモジモジしているぞ。

 ふー、照れている様子が破壊力満載で、改めて演技力がすさまじい。


 〈美幸〉さんは、れかくしなのか俺に質問をしてくる、それも微妙なものだ。


 「〈町田部長〉さんとは、親しいのですね。どんなお話をされるのですか」


 うーん、どう答えたものか。


 〈美幸〉さんは〈町田部長〉のゲスな企みに乗っかっているのだけど、俺のことはあまり聞かされていないらしい。

 人妻になった〈美幸〉さんを寝取るだけだから、〈町田部長〉にとってはどうでも良いことなんだろう。


 そう言うことなら俺も無理をしないで、本当にことを言っておくか、必死になって設定を考えるのもバカバカしい。


 「いや、それが親しくないんですよ。 上司なんですけど、あまり話したことも無いのです」


 「えっ、そうなんですか。 でも、そうなら、どうして」


 「営業部には、フリーな男が僕しかいなかったからです。 〈美幸〉さんに紹介すると安請やすうけ合いして困ったあげくが、僕なんだと思います。 〈美幸〉さんも迷惑なことですね」


 「へっ、安請け合いですか。 〈町田部長〉のことを、そんな風におっしゃるのですね」


 「あっ、すみません。 〈美幸〉さんは〈町田部長〉のことをお好きなのに、批判的な事を言ってしまい申し訳ないです」


 はっ、あんな下衆ゲスなヤツの悪口を少しくらい言わせろよ。

 褒めたりするか、例え嘘でも口が腐ってしまう。


 〈美幸〉さんはしばらく考えていたけど、ハッと我に返って返事を返してくる。


 「あっ、謝って貰う必要はないです。 意外だと思っただけです。 それと迷惑なんてとんでもないです」


 〈美幸〉さんはまた真っ赤になっているぞ。

 最後の言葉は、俺を気に入っていると言う意味にもなるからな。


 それから俺と〈美幸〉さんは、絶叫系以外の遊園地の乗り物とか、レーシングゲームなんかをやってみた。

 〈美幸〉さんはコロコロって言う感じで笑うし、「負けませんよ」と可愛らしい事も言っていたな。


 最後に観覧車へ乗った時には。


 「私、男の人とデートをするのは、今日が初めてなんです。 すごく楽しかったな」


 〈美幸〉さんが短いスカートを引っ張りながら、言うものだから、俺は太ももを見ないようにするので必死だ。

 目論見もくろみどおりに、そこを見るのは、負けだと思ったんだ。


 デートするのが初めての女の子が、ラブホテルへ入って中年オヤジとエッチなことをする訳がない、嘘もいい加減にしろよ。


 「僕も楽しかったですよ。 大人しいと思っていたけど、違う面もあるんですね」


 僕。

 自分で言ってて恥ずかしいぞ。


 違う面って言うのは、色仕掛けで迫ってきたってことだ、嫌味で言ってやった。


 「今日は本当にありがとうございました。また私と会ってくれますか」


 「えぇ、良いですよ。また連絡しますね」


 こうして俺達は電車の駅で別れたのだけど、俺がアパートに帰ってきたタイミングで、〈美幸〉さんからメッセージが届いた。

 感謝の気持ちと連絡を待っているとつづられている。


 簡単な返事を返した後で、俺はふーっと溜息を大きくいて、良く分からない気持ちに襲われていた。


 〈美幸〉さんはどうして、マントヒヒ部長の言うことを聞くのだろう。

 なぜ結婚詐欺みたいな事をするんだろう。

 それほど、〈町田部長〉のことを愛しているのか。

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