第7話「天秤と弱い犬」

 雅也の一言で周りの木々の葉のこすれる音が聞こえるほどの静寂が走る。

 仁平は雅也の胸倉をつかんだ。

 「てめえ、ふざけてんのか!?」

 雅也は相変わらず仁平を見下したように言う。

 「フン、感情的になりやがって。でもよく考えろ。これからこの妖怪によって生まれる多くの被害者とお前の幼馴染、天秤に置いた時にどちらに傾くのか。」

 仁平はその言葉を聞き、ハッとしたような表情を浮かべ、手の力を弱くした。

 「……だからお前は弱い犬なんだよ」

 雅也はボソッと言うと、その場を後にした。

 去り際に一度立ち止まり、仁平に向かって言う。

 「放課後、お前の幼馴染を連れて校門前に来い」

 そう言い残すとそそくさと帰っていく。

 仁平はしばらくその場で雅也の提案について考えた。

 これまでの被害者の事は襲われたときにどのように思ったのだろうか。

 自分の顔を鏡で見た時にどんなことを思ったのか。

 考えれば考えるほど雅也の提案は正しいように思えてくる。

 だが、澄香が被害者になったら……。

 その時、自分はどうすればいいかわからない。

 仁平の頭の中の天秤は動きをやめなかった。

 4限目の授業の終わりを告げるチャイムが鳴る。

 生徒たちは授業から一時的に解放され、すっかり緊張がほどけていた。

 そんな中、仁平はずっと朝の事を考えていた。

 「……ジンぺー?」

 背後から澄香が声をかけてくる。

 しかし、いくら呼び掛けても返事がないため、自動販売機で買った冷たいジュースを頬に押し付けた。

 「うお!い、いきなりなにすんだよ」

 ようやく反応した仁平を見て、おかしく思った澄香は最初こそは笑いをこらえていたが次第に我慢できなくなっていき、腹を抱えて笑う。

 「あはは、仁平ったら全然返事しないのにジュース当てたら、うお!って」

 そんな澄香を見て恥ずかしくなった仁平は目を逸らし、わざとらしく頭をかく。

 「で、なんなんだよ」

 澄香は前の席の椅子を仁平の方に向け、座ると机の上に自分で作った弁当を置く。

 「一緒に食べよ」

 仁平は自分のカバンから弁当箱を取り出した。

 仁平の中の天秤は未だにゆらゆらと動き続けている。

 だが、今はこの笑顔を守りたい。

 そう思った。

 

 放課後、太陽が落ちかけ、オレンジに染まった校門の前に雅也はたたずんでいた。

 「服部、あの女はどうした?」

 仁平は一人で校門前に向かっていたのである。

 「木下、俺の答えはこれだ」

 仁平は力強い目で雅也を見た。

 「お前は結局、弱い犬だな」

 嘲笑するように言った。

 「確かに俺は弱い犬だ。でも俺にとってはどっちも大事で、天秤に乗せてもずっと決まらない。だからどっちも守ろうと思う」

 これが仁平の出した答えだった。

 相変わらず、力強い目で雅也を見続ける。

 呆れたように雅也はため息をつく。

 「お前は現実を知らないんだろうな」

 雅也は制服のズボンからスマホを取り出し、地図を見せる。

 その地図はこの周辺を示しており、1か所青く光っている場所があった。

 「何だよ、これ。」

 仁平が雅也に問いかける。

 「これは妖力を探知する特殊な機械で調査した結果だ。その結果、ここに口裂け女のいる可能性が高いことを突き止めた」

 「おいじゃあ、結局澄香をおとりにする必要なかったじゃねえかよ!」

 雅也はあざ笑うように言う。

 「お前の天秤を知りたかった。だが、結果は失敗だったがな」

 雅也は仁平を連れ、口裂け女のいるであろう場所へと向かっていった。



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