第3話「子泣き爺」
服部仁平が喫茶店を出るとあたりはすでにオレンジに染まっていた。
「では、だいぶ遅くなりましたが、こちらを」
男は両手で名刺を差し出した。
そこには鎌田守助という名前と電話番号が記されていた。
「なにかありましたらそこに連絡をお願いします。」
そういうと2人は別の方向へと歩き出した。
今日はいつもの10倍ぐらい疲れた。
早く休みたいと切実に願った瞬間だった。
赤ちゃんの泣く声が聞こえた。
だが、それはどこか不気味に思えた。
10秒ほど経つとすぐに泣き止み、また少し時間が空くと泣き始めるのだ。
そしてそれはどんどん近づいていた。
仁平の背後から悲鳴が連鎖するように響いていく。
思わず、後ろを振り向くとそこに5体の頭がない死体と血が飛び散っており、そしてその中の1つの死体の近くには130センチほどの体のバランスは幼児だったが、その顔には深くしわが刻みこまれている存在がいた。
仁平にはその存在が次の獲物を探すように見えた。
心臓の鼓動がうるさいほどに聞こえてくる。
そしてその存在があたりを見回し、仁平を見つけるとにこりと不気味に笑い、飛び掛かってきた。
仁平は必死になって逃げた。
だが、子泣き爺はどこまでも仁平を追いかけてくる。
ふと、鎌田の話を思い出す。
もしかしたら、こいつは妖怪なのではないだろうか、そうだったら鎌田に連絡をすればなんとかこの状況から逃れられるかもしれない。
ズボンのポケットにしまった名刺の電話番号をスマホに入力する。
しばらくコール音が鳴ったのちに、スマホ越しに鎌田の声が聞こえ少し安堵する。
「もしもし。鎌田です。」
「鎌田さん!多分あんたの言う妖怪とか言うのが出てきた!」
仁平は背後の妖怪を確認しながら鎌田の情報を伝える。
「わかりました。では、忍を向かわせます。ですが少し時間がかかるのでなんとか持ちこたえててください」
鎌田がそういうと通話は切れた。
持ち堪えてくださいと言う言葉に仁平は苛立ちながら、ここで立ち向かわなくちゃ死ぬと思うと不思議な勇気が湧いてきた。
「やってやるよ!妖怪やろう!」
ギャーン!と子泣き爺が吠えながら仁平の上を飛び、着地した瞬間仁平の蹴りが炸裂した。
子泣き爺の体は4メートルほど吹っ飛び、ビルに当たったことで停止した。
オ、オギャア。
目から血を流し、気絶した。
「やっ、やったか?」
仁平はその時激しい頭痛がした。
ふと、人差し指で鼻を拭うと血がついていた。
「鼻血……?」
仁平はボソッと呟き、再び子泣き爺の方に目をやると、その体はどんどん大きくなっていき仁平の3倍ほどの体長となっていた。
「は?マジかよ」
その妖怪が仁平に向かって前進を始めた。
道路に停めてある車を軽々と持ち上げ、逃げる仁平に向かって投げてくる。
投げられた車が地に落ちる度、爆発音が暗くなっていく街に響く。
間一髪でその車を避けていくが体力が限界に近付いてきた。
その瞬間、子泣き爺の腹に大きな風穴が空いた。
妖怪は自らの腹に空いた風穴を手で確認しながら倒れる。
「おい、お前。服部仁平だな」
血まみれになった男が仁平を睨みつけ話しかける。
仁平は子泣き爺が倒れたことに安堵しながら目の前に現れた男に問いかけた。
「あんた……忍か?」
「ああ、そうだ。そしてお前は雷蔵の孫なんだな」
男はそういうと次の瞬間には仁平の頬に拳を振り下ろす。
その衝撃で仁平は倒れ、口から血を吐く。
「いきなりなにしやがんだよ!」
熱くなった頬を抑えながら怒りを露わにする。
「俺はお前の命を救ってやった。だからこれぐらいのことはいいだろ」
男は倒れた仁平を冷徹な目で見下しながら言う。
「まあ、まあ。おちついたくださいよ」
いきなり現れた糸目の鎌田が2人を仲裁する。
鎌田を見た忍の男は仁平に舌打ちをして、その場を去っていった。
「なあ、鎌田さん。妖怪ってのは人を殺すんだよな」
子泣き爺によって火の海となった街を眺めながら言った。
「ええ、ですが忍となればそんな被害もきっと減らせるはずです」
少し考える素振りをして、また口を開く。
「なあ、俺、忍になることにするよ。」
もうすっかり日は落ち、星々が見えた。
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