トーチカ・ラウトバンド
エリー.ファー
トーチカ・ラウトバンド
私がこの街に来た時。
既に、世界は暗闇の中だった。
何もかも見えなくなって、認識災害が発生し、多くの死体が転がっていた。
絶望から一番遠い所に見える希望の光は、絶望の深淵さによってでしか
希望に見えない、ただの光である。
難しい話ではない。
今は、真夜中である。
それだけなのだ。
長い長い説教もない。
街にやって来た殺し屋たちと仲良くする気もない。
今は、この街のためにできることをして、報酬をもらい、帰るだけだ。
車が一台、通り過ぎた。私の数センチ隣だった。
助手席に大きなテディベアを持った子供が乗っていたが、顔面は傷だらけで表情を確認することはできなかった。
いつか、あんな大きな人形を買ってもらおうと思ったこともあった。けれど、遠い思い出になってしまった。物の価値は変わっていないのに、私の中での物の価値が変わっている。いつしか、それらは全て零になって、十や百や千といった評価の基準も朧気になっていくことだろう。
頭の中のテディベアと目が合ったような気がした。
私が積み上げて来た全てが壊れていくほどの影響は感じられなかった。
でも、それでいいのだ。
一人のために死に、一人のために生きている。
私以外を主人公に据えない人生は、余りにも価値が高いと言える。
夜が明けるまで、時間がある。
いや、勝手に夜が明けるということではない。
夜を明けに行くのだ。
そのために、行って帰って、進んで戻ってを繰り返す。
気が付けば、同じところに立っていたはずなのに前に進んでいる。
私は、何人殺して来たのだろう。
一々、記憶していてはきりがないが、残酷な思想に支配されたくはない。
私には、武器があり、仲間があり、守るべき世界がある。
事故が起き、事件が起き、そのために駆り出される私という体がある。
伝説が生まれて、潰えて、私になっていく。
また一人、また一人と首が飛んでいく。
もうすぐ春になる。
雪が溶けることはないだろう。
何もかも、自分を作り出しているはずだと思っていては意味などないのだ。
ありふれた言葉が私を飾り立てて、私という破壊者を作り出している。
熊を十頭、撃ち殺した。
鹿を三十頭、撃ち殺した。
トーチカを七体、撃ち殺した。
ラウトバンドを十体、撃ち殺した。
そして。
私は、体の九割を失った。
そう。
戦いとは得てしてそういうものなのだ。
リスクとリターンの関係性によって、良し悪しが決まっていく。
私を作るために、世界は苦心し、世界の苦心に応えるように私が生まれた。
夢物語以上の価値など存在しない。
もう二度と、目覚めることのできない自分を捨てていく。
強い、弱い、の話ではない。
殺し、殺され、でしか語れない神話があるということだ。
もしも、私が私を信じることができないのであれば、私は霧散するだろう。
でも、プライドの高さを抱えて生きていくのは、無意味そのものではないか。
勝って殺す。
負けずに殺す。
撃って殺す。
撃たれず殺す。
斬って殺す。
斬られず殺す。
嬲って殺す。
嬲られて殺す。
喋って殺す。
喋りかけられる前に殺す。
いや。
沈黙まみれにして、ぶち殺す。
「もう、夜明けか」
私は今日も、一日を終えた。
正確には。
一日を迎え入れた。
すまない。
また、勝ってしまうよ。
トーチカ・ラウトバンド エリー.ファー @eri-far-
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