第2話 パーティーの夜

 実家に帰り、墓参りと新盆宅周りを終えた健太郎は、日が暮れたのと同時に、散歩がてら町内に唯一あるコンビニエンスストアへと向かっていた。

 店の前では、いつものように迎え火が炊かれていた。ほの赤く染まる迎え火が健太郎の横顔を照らすたび、今年もお盆を無事に迎えられたことを実感した。

 奈緒の魂は、無事にこの場所に帰ってきているのだろうか? 以前のように身体まで甦ることは無いだろうけど、せめて魂だけでもこの世に降りてきてもらいたい……と願っていた。

 健太郎はコンビニエンスストアでビールやお菓子を買うと、実家へ帰ろうとサンダルの音を鳴らしながら田舎道をたどっていた。お盆ということもあり、沿道の家々からは家族団らんの賑やかな声が聞こえてきたが、公民館の建物が見えてくると、とりわけ賑やかな声が健太郎の耳に入ってきた。

 気になった健太郎が公民館の塀越しにそっと目を向けると、館内と庭には数多くの中年の男女の姿があった。

 どうやら、ちょうど婚活パーティーの最中のようだ。

 健太郎は実家で待っているみゆきや健瑠のために早く帰ろうとしたが、会場から漏れてくる賑やかな声を聞き続けるうちに、次第に後ろ髪を引かれる思いがした。

 健太郎は塀越しに中の様子をそっと伺うと、予想していたよりも多くの男女が参加していることに驚いた。バーベキューが行われていた中庭では、男女が二人組やグループになって楽しそうに談笑していた。

 健太郎の同級生だった雄吾は、同じくらいの背丈の女性とともにビールを飲みながら談笑していた。


「何だよ雄吾、彼女が出来ないだなんて弱音吐いてたくせに、やれば出来るじゃん」


 健太郎は、心配して損したと言わんばかりに呆れ果てた様子で雄吾を見つめていた。

 その時、雄吾の真後ろから、ひたすら大きな声で話し、笑い声をあげる男の姿が目に付いた。全体的におとなしそうな参加者が多い中、男は日焼けした精悍な顔と、がっしりとした肉体の上にダボっとしたスーツを羽織り、表情もふるまいも自信に満ち溢れていた。

 隣に立つ女性も可愛らしい雰囲気で、ふんわりとした栗色の長い髪を夜風になびかせていた。その時健太郎は、女性の顔を見て「ん?」と首を捻った。


「あれ? あの人、もしかして……」


 女性は、みゆきにマッサージを施してくれたはるかだった。さっき出会った時はTシャツに黒のジャンパースカートを着込んだラフなスタイルだったが、パーティーではベージュ色のオフショルダーのワンピースに着替えていた。着ているワンピースから覗く白い肩と背中が色っぽく、笑うと頬にえくぼが出来る所もチャーミングで、遠目から見ていても心が惹きつけられてしまうほどだった。

 はるかは男とずっと話を続けていたが、その周りには恵一の姿は無かった。二人はこの会場で会って話す約束をしていたはずなのに……。

 健太郎は改めて会場の中を見渡すと、庭の片隅で椅子に座り黙々とバーベキューを食べ続ける恵一の姿を見つけた。ほとんどの参加者が男女二人組になったり、グループの中に入っていたりしている中、恵一はどこにも入ることなく、うつむきながら黙々と食べ続けていた。


「何だよ恵一さん……折角はるかさんと会う約束をしたのに、どうして、ひとりぼっちでいるんだ?」


 健太郎は一人寂しそうに食べている恵一に声を掛けてあげたかった。そして、はるかの元へ無理やり引っ張っていって、出会いのチャンスを作ってあげたかった。しかし、既婚者でありイベント関係者でもない自分が入っても、つまみ出されるのがオチだ。塀を越えるとすぐ傍に恵一がいるのに、何も出来ず歯がゆい思いをしながら、健太郎は恵一の姿をずっと眺めていた。

 その時、さっきまで声の大きな男と一緒にいたはずのはるかが、ワイングラスを片手に恵一の傍へと近づいてきた。はるかはワンピースの裾をふわりとはためかせ、恵一が空き容器を置いていた椅子の前に立つと、申し訳なさそうな様子で隣の椅子を指さした。


「こんばんは。ここ、空いてますか?」

「あ、はい……空いてますけど……」


 はるかの声を聞き、恵一は慌てて容器を片付けると、自分の足元に置いた。


「ごめんなさい、誰も来ないと思って、置きっぱなしにしていました」


 恵一はハンカチで顔を拭いながら、何度も頭を下げた。

 慌てふためく恵一の様子を見て、はるかはクスクスと笑い出した。


「やっと会えましたね。ごめんなさい、ずっと話し込んじゃっていて」

「いえ……私のことは気になさらないで結構です」

「さっきからずっとお一人で食べてましたよね?」

「はい……」

「お酒は? 何も飲んでないなら、持ってきますか?」

「あまり飲めないんで、ノンアルコールのビールを飲んでました」

「ノンアルコールのビール、まだ沢山残ってましたよ。持ってきますね」


 はるかは立ち上がると、酒類が積まれた庭の中央のテーブルに向かおうとした。


「あ、そうだ。お互いのこと、ちゃんと話していませんでしたよね。私、出身はこの町ですけど、高校出た後は東京の看護学校に通って、今は横浜の病院で看護師をしているんです。」

「いいなあ、横浜ですか。良い所に住んでますね。僕は生まれてからずっとこの町から出たことが無くて。今は母親と二人で暮らしていまして、地元のJAで職員をしています」

「JAなんですか? うちの父も昔勤めてましたよ。保険の営業とかもあって結構忙しいですよね」

「そうそう、僕も前の部署で保険担当してました! ノルマがあって、毎日遅くまで一軒一軒回るんですよ」

「やっぱり大変なんですね。私、今の病院で救急病棟を任されているんですが、現場は一刻を争う忙しさでして。シフト制で休みは取れるんですけど、家に帰っても疲れて寝て過ごすことが多くて……。でも、昔から人の命を救う仕事がしたかったから、すごくやりがいがあるんですよね」

「すごいなあ……だから、さっきも妊婦さんにすぐ応急手当を施すことができたんですね。尊敬しちゃいましたよ」

「そんな大したことじゃないですよ。恵一さんも小さなお子さんのためにカマキリを捕まえてあげたりして、すごく優しい人だなって思いましたよ」


 恵一もはるかも、先ほどまでの様子が嘘のように饒舌に話していた。

 ある程度話が盛り上がった所ではるかは席を立ち、庭に設けられたテーブルからノンアルコールのビール瓶を二本取り出すと、恵一の椅子へと戻ろうとした。その時、はるかの目の前に長身の体格の良い男が立ちはだかった。


「おや、井口さんじゃないですか。どこに行ったのかと探していましたよ」

「ごめんなさい……私、ちょっと飲み物を持ってくるよう頼まれているので、少し席を離れてもいいですか?」

「え? まだ僕の話は終わってないですよ? もうちょっとだけいいじゃないですか?」


 男は全身ではるかの前方を阻むかのように立ち、その場から先に行かせないようにしていた。はるかは困惑した様子で、男の後を付いて元のテーブルへと戻っていった。

 恵一は、遠くからはるかの様子をずっと伺っていた。そして、かすかではあるが、ため息のようなものが聞こえた。


「ねえ、どうしたのよ、ため息なんかついて。せっかくここに連れてきたのに、このまま見逃してもいいわけ?」


 どこからともなく、アニメ声優のようなハイトーンの可愛らしい女性の声が聞こえてきた。どこかあどけない感じのする十代後半ぐらいの少女の声で、このパーティーの参加者の年齢層にはそぐわない感じがした。

 

「ほら、彼女、顔が強張ってるでしょ? あの人の話に付き合わされて、きっと疲れてるのよ。折角のチャンスなんだから、諦めないで行かなくちゃ」


 再び少女の声が耳に入った健太郎は、もう一度会場に目を遣った。すると、恵一の目の前に髪が長く肌の色が白い少女が立ち、何やら色々と語りかけていた。


奈緒なお……?」


 健太郎は、思わず声を上げた。

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