第28話:人間国宝

「ユヅ、実は、頼みたいことがあるんだ」


2ヶ月前のあの日、吉岡家。結月の部屋で、俺は鞄から慎重にNSP銃を取り出していた。


結月はそれを見るなり食いついてきた。


「兄者、なんでNSP銃なんて持ってるんすか!ヤバいですよ」


ヤバいと言いながら、なぜか結月は嬉しそうだ。


「これ、JNSP-411B3ですよ。警察がよく持ってるやつで、発射可能数は3発、ブーストモードなら2発です」


俺もVRFPSに出てくる銃のスペックぐらいは記憶しているが、結月はガチだ。


俺は結月の顔を見て言った。


「このNSP銃のAIオートエイム部分のファームウェアを書き換えてくれないか。確かお前、噂ではRISC-Vのバイトコードを生で書ける変態だと」


結月は顔を真っ赤にして抗議した。


「変態ってなんすか!違いますよ!...まあ、バイトコードは書けるけど」


結月はNSP銃を受け取り、PCを繋いですぐに解析を始めた。一切のためらいなく作業を進めるその姿を見ていると、本当に天才なんだなと改めて感心させられる。しばらくして、思いがけず彼女の表情が曇った。


「ちょっとがっかりですね。軍事用のファームウェアってもっとゴリゴリにチューンしてあるかと思ったけど、結局AI使って書かれた無駄だらけのコードですよ。開発元どこですか?お役所仕事の極致、これじゃオートエイムの速度、最低でも0.4秒はかかるでしょ」


結月の容赦ない酷評に、AIに依存する現代のプログラマーの一人として、耳が痛かった。


俺は尋ねた。


「じゃあ、結月が1から書き直したら?」


結月は少し考えてから答えた。


「まあ、0.06秒ぐらいにはできますね」


俺は驚いて声を上げた。


「マジか。お前すげえな」


本当に驚いた。俺にこんな凄い妹がいたなんて。


外では、いつの間にか雨が降り出していた。結月が作業を続ける間、俺は尋ねた。


「しかし、ユヅのハッキングとかプログラミングの能力はどこから来てるんだ?色々おかしいと思うんだが」


「それは僕がJC女子中学生だからですか?兄者。ガッカリな差別主義者だな」


結月が不満そうに答える。


「いや、違う。年齢や性別は問題じゃない。本物の天才ってのはいるからね。ただ、おまえのバイトコードレベルのプログラミングの能力とか、プロトコルまで精通したハッキング能力とか、そういうプリミティブな知識って、AI全盛の今ではもう絶滅しているものじゃないのか」


俺は、俺の中の違和感を言葉にした。


「それですか」


結月の機嫌が直る。


「僕、色々あって、小さい頃、OGのとこに預けられてたんですよ」


結月が作業を続けながら答える。


「OG ?何の?」


俺は聞き返した。


「あ、大じいじです。母方の曾祖父です。いまはなくなった大手コンピュータ会社の有名な技術者だったみたいです。OGは僕が2歳ぐらいの頃からTK-80とかを与えて遊ばせてたらしいんです」


結月の答えに、俺は思わず笑ってしまった。


「いや、TK-80ってたしか1970年代のコンピュータで、博物館とかにあるやつでしょ。いま、21世紀も半ばだぞ。完動品があるのか?」


結月が答える。


「完動品ってなんすか。そんなもの、自分で完動させるんですよ。ハードとソフト両方できて一人前の技術者ですよ。OGの遺言だけど」


俺は、結月の能力について完全に把握した。こいつは、逆オーパーツだ。古の技術者から古の技術を21世紀に引き継いでいる。コンピュータに限らず、技術や知識は、その全てが世代を超えて受け継がれるわけではない。新しい時代に不要になった技術は消えていく運命にある。歌舞伎や茶道ならともかく、実用の技術ではその傾向が顕著だ。結月はその法則に反した、人間国宝とも言える存在なのだ。


今、俺は結月のおかげで生き残った。大村に比べて、俺のNSP銃のAIオートエイムには0.3秒以上のアドバンテージがある。それは、VRFPS好きの凡人が訓練された軍人の反応速度を上回るのに十分なマージンだった。


「ありがとう、ユヅ」


感謝と、誇らしさが胸に溢れた。

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