第27話:踊り場の攻防

深夜23時。サイファー・アーキテクチャ社ビルの周辺は静まり返っていた。俺は24時間営業の商業施設フロアの40階で深呼吸をし、左手首のデバイスを確認した。


「澪、準備はいいか?」


デバイスから澪の声が響いた。


「ええ、問題ないわ。樹こそ、大丈夫?」


「ああ」


俺は短く答えた。昨夜、澪は俺にこう言った。


「敬語で話すのはもうやめて。一秒でも会話を短縮しないとね」


異論はなかった。


「作戦開始」


俺の合図とともに、二人の潜入が始まった。


俺は慎重に非常階段のドアを開け、内部に滑り込んだ。薄暗い非常照明の中、足音を最小限に抑えながら階段を上っていく。一方、澪はエレベーターで44階に向かい、エントランスから堂々とサイファー・アーキテクチャ社に入っていくはずだ。


「澪、状況は?」


「問題ないわ。西村さんのIDカードで無事に入館できた」


安堵の息をつく。ここまでは計画通りだ。


階段を上りながら、俺は周囲の様子に神経を尖らせていた。65階のサーバー室まで、あと10階。もう少しだ。


そのとき、突然階段の上から足音が聞こえた。俺は急いで身を隠した。


「誰かと遭遇。一旦切る」


俺は小声で伝え、通信を切った。


足音は近づいてくる。俺は息を殺し、動きを止めた。その人物の姿が浮かび上がった瞬間、俺の心臓が跳ね上がった。


大村康平、36歳、身長186cm、元特殊部隊員。結月が盗み出したエターナル・ソサエティのコアメンバーのプロフィールは、全て頭に入っていた。


俺は咄嗟に身構えた。


「そこにいたな、真島。予想通りだ」


低い声が響く。次の瞬間、大村が俺に襲いかかってきた。


俺は何とか身をかわし、階段の手すりを掴んで体勢を立て直す。しかし、大村の攻撃は容赦ない。拳が風を切る音が、暗がりの中で異様に響く。


「くっ」


かわしきれなかった一撃が腹に入り、俺は息を詰まらせた。かすったと思った大村の拳は予想外に重い。しかし、ここで倒れるわけにはいかない。


体格の差に加えて、動きの差も歴然としている。素人が素手での戦いではまったく勝ち目がないことは頭では分かっていたが、それを身をもって実感する。


俺は何度も頭の中で繰り返した作戦通りに、手すりを使って階段を3階分滑り降りた。大村と距離を取る必要があった。


大村は階段を駆け下りて踊り場に立った。大村はジャケットからためらいなく何かを取り出した。NSP銃だ。


「終わりだ、真島」


大村の声が響く。


この瞬間を待っていた。俺は準備していたNSP銃を素早く構えた。


同時に引き金が引かれた。


音もなく、光もない。しかし、片方の銃口からは確かに衝撃波が放たれた。


大村の動きが止まる。握力を失った大村の手からNSP銃が落ちる。彼の目が驚きに見開かれた。大村は何か言葉を発しようとしたが、直後にその巨体が階段に崩れ落ちた。


静寂が訪れる。


俺は荒い息をしながら、動かなくなった大村の体を見下ろした。勝利の安堵感とともに、NSP銃の衝撃波でもすぐに気を失わなかった大村に戦慄を覚えた。念のため、NSP銃を通常の1.5倍の威力を持つブーストモードにしておいて良かったと心底思った。


リチャージランプが点滅するNSP銃を見つめながら、俺は小さくつぶやいた。


「ありがとう、ユヅ」


NSP銃に、ある改造を施してくれた結月への感謝の言葉だった。

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