第16話:隷属への道

次の日の夜、俺たちは日比谷公園で斎藤蓮さいとうれんと待ち合わせた。30代後半、長身だが痩せた体つきで、眼鏡の奥にはかすかな恐怖の色が浮かんでいた。かつては実力派の若手官僚として知られた男だが、今はその面影はない。


「わざわざ、ありがとうございます」


俺は斎藤さんに頭を下げた。


斎藤さんは無言で頷き、近くのベンチに腰を下ろした。その仕草には、かつてメディアに登場していた時に見た輝きは感じられなかった。


「話は西村さんから聞いている」


斎藤さんは座るなり切り出した。その声には、疲労と緊張が混ざっていた。


「君たちには驚いた。よくぞここまでたどり着いた」


俺と澪さんは顔を見合わせた。ここまでの道のりは決して平坦ではなかった。でも、ようやく真実に近づいている気がした。


「斎藤さん」


俺は真剣な眼差しで言った。


「エターナル・ソサエティについて、教えてください」


斎藤さんは深いため息をつき、ゆっくりと語り始めた。その表情には、何か重いものを背負っているような影があった。


「エターナル・ソサエティ。その名の通り、永遠に続く社会を目指す秘密結社だ。『社会の安定』を掲げているが、実際の目的は少数のエリート集団によるこの国の支配にある」


「国の支配?」


澪さんが息を呑む。その声には、驚きと恐れが混ざっていた。話はますます陰謀論めいてきている。しかしこれは、真実なのだ。


斎藤さんは重々しく頷いた。


「彼らは国民を二つの階級に分けようとしている。AIを操作するごく少数の支配者層と多数の従属者層だ」


「そんな...」


俺は絶句した。頭の中が真っ白になる。俺たちが作り上げたシステムが、こんな恐ろしい目的に利用されようとしているなんて。


「現在のリーダーは黒川彰くろかわ あきら。元大手IT企業のCEOだ。政財界に強いコネを持っている」


斎藤さんは続けた。その声には、かすかな怒りの色が混じっていた。


「彼の野望は凄まじい。『大衆は自由意志という重荷から解放されるべきだ』というのが彼の持論だ。冷徹な判断力と完璧主義的な性格の持ち主で、新しい社会秩序の実現に邁進している」


「彼にとってライフコードは、その手段なんですね」


俺は言葉を継いだ。胸の奥に、言いようのない後悔と怒りが渦巻いていた。


斎藤さんは重々しく頷いた。


「そうだ。ライフコードの真の目的は、人々の行動を細かく制御し、従順な大衆を作り出すことにある。評価値というもので人々を縛り、自由な思考や行動を制限する」


「でも、なぜあなたはそこへ…」


澪さんが尋ねた。その声には、疑問と同情が混ざっていた。


斎藤さんの表情に悔恨の色が浮かんだ。


「安定した社会の実現という彼らの目的には賛同する部分もあった。しかし、彼らの非道さは想像を超えていた。だから、内部告発を決意したんだ。その代償として、私は全てを失った」


重い沈黙が続いた。俺は斎藤さんの言葉の重みを感じながら、自分たちの責任の大きさを改めて実感していた。


「それから…」


斎藤さんが鞄から慎重に紙のマニュアルを取り出し、俺に向かって差し出した。その表紙に描かれていた「銃」は一般的な銃器とは異なるスマートなデザインで、微細な電子回路が透けて見えていた。


「西村さんから君たちに渡すように頼まれていたものだ。『NeuroShock Pulsar Gun』、いわゆるNSP銃だ」


斎藤さんは静かに説明を始めた。


「脳の特定領域に衝撃波を加え、一定時間相手の身体の自由を奪う。我が国の警察組織で一般的に使われているものだ。すまないが、1丁しか調達できなかった。現物は、ここにある」


斎藤さんは、「市ヶ谷」の文字と二桁の番号、さらに暗証番号が書かれたメモを差し出した。おそらく、駅のロッカーだろう。


俺はこの国でさりげなく銃を調達できる齋藤さんは何者なのだろうと躊躇いながら、メモと説明書を受け取った。


「いや、でも役に立ちませんよ」


俺は申し訳なさそうに言った。


「VRFPSなら良くやりましたけど、実際の銃は...」


斎藤さんは俺の言葉を遮るように、微笑んで首を横に振った。


「ここ10年で造られたものはほぼ全てAIオートエイムだよ。引き金さえ引ければいい」


「…なるほど」


俺はあるアイデアを思いついた。この小さな装置が、俺たちの危険な任務において、命を左右する可能性があることを悟った。


俺は改めて説明書とメモを見つめた。これが、俺たちの最後の切り札になるかもしれない。


そのとき、左手首のデバイスが激しく振動した。俺は驚いて画面を確認する。そこには例の文字列が浮かび上がっていた。


『4D F8 00 0F F9 F8』


この謎めいた文字列の意味は依然として不明だったが、俺には何か重要なメッセージが隠されているような気がした。エターナル・ソサエティとの戦い、そして俺たちの未来。全てが、この文字列に集約されているような不思議な感覚に襲われた。

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