第15話:予期せぬ闖入者

その地下シェルターで、俺と澪さんは緊張した日々を送っていた。廃ビルからシェルターに移って生活環境自体は大きく改善したが、逃亡生活は想像以上に厳しい。必要な物資は御厨博士が手配し、俺たちは駅のロッカーなどを経由して回収していた。しかし、欲しいものがいつでも自由に手に入った以前の暮らしとは比べものにならない。


そんな中、唯一の癒しは、このシェルターに備え付けられていた最新型のAIロボットだった。


ある日の夕方、作業に没頭していた俺は、ふと空腹を感じた。


「晩飯 適当 何か 作る 頼む」


俺の言葉に、AIロボットが静かに動き出す。しかし、その瞬間、澪さんの眉が少し寄った。


「樹くん、今の言い方、少し変じゃない?」


「え?」


俺は作業を止めて顔を上げ、首を傾げた。


「普通だと思いますけど」


澪さんは腕を組み、思案顔で言った。


「でも、普通なら『何か晩飯を作ってくれ』とか『晩飯を頼む』って言うんじゃない? 『晩飯 何か 作る 頼む』って、なんだか言葉の順番が変な気がする」


俺は苦笑いを浮かべた。


「あぁ、それか。実は俺、こういう言い方の方がAIに通じやすいって昔から思ってたんです」


「へぇ、そうなの?」


澪さんは興味深そうに俺を見つめた。


俺はため息をつき、懐かしむような表情で語り始めた。


「俺の父さんは工学部の教授で、母さんは環境NGOの役員をしてたんです。二人とも超が付くほど忙しくて、家にいる時間なんてほとんどなかった」


「そうだったの...」


澪さんの声には同情の色が滲んでいた。


「だから、俺はほとんどAIロボットに育てられたようなものなんです」


俺は続けた。


「幼い頃から、AIとのコミュニケーションが日常だった。そのうち、こういう言い方をすると、AIがより正確に理解してくれることに自然と気づいたんです」


澪さんは驚いた様子で言った。


「そうか、だからあなたはAIの扱いが上手いのね」


俺たちが話している間、AIロボットは黙々と夕食の準備を進めていた。その動きは滑らかで、人間の手伝いを全く必要としない。


俺たちの会話が続く中、AIロボットが夕食を運んできた。焼けた合成ミートの香ばしい匂いが、狭いシェルターに広がる。


「美味しそう!」


澪さんがテンション高めの声で言った。


俺たちが食事を始めようとしたその時、突然、コンソールから警報音が鳴り響いた。俺と澪さんは驚いて立ち上がる。


「何だ?」


俺は急いでコンソールに向かった。


画面には、不正アクセスを示す通知がいくつも表示されている。俺の心臓が高鳴る。ついに、俺たちの居場所がエターナル・ソサエティにばれてしまったのか。


「澪さん、準備を」


俺は冷静を装いながら言った。


澪さんは無言で頷き、急いで必要な物をバッグに詰め始めた。俺は画面を見つめながら、頭の中で次の行動を整理していた。


そのとき、ウインドウが開き、画面に映像が表示された。俺と澪さんは息を呑む。


「兄者!大変だよ!」


場違いな高い声が響く。


「兄者の評価値がマイナス800まで落ちてる!」


表示されたのは、VRFPSでよく見るニンジャのアバターだ。


「誰?...よしお?」


俺は怪訝な表情を浮かべた。そのアバターに心当たりがあった。


「そうだよ、よしおだよ!兄者」


俺は安堵して、椅子に尻もちをついた。「よしお」は俺が少し前にはまっていたVRFPSで出会った高校生だ。戦術がロジカルで相性が良かったので、よくチームを組んでいた。


「あのさあ、2つ聞きたいことがあるんだが。1、この端末にどうやって入ってきたんだ?2、なぜおまえが俺の評価値を知っている」


俺は、腹が立つような、馬鹿馬鹿しいような、なんとも言えない感情で尋ねた。


「1は簡単。ハッキングした」


よしおは悪びれず答えた。


「いや、なんで普通の方法で連絡してこないんだよ。おかしいだろ」


俺は反論した。


「おかしいのは兄者でしょ。評価値がマイナス800の人間に連絡したらどうなるかわかるでしょ」


よしおは不機嫌そうに答えた。


「...たしかに」


すっかり忘れていた。というか、よしおの間抜けなアバターと俺たちの置かれた絶望的な状況がつながらない。


「2の答えはライフコードのシステムに...ちょっとだけ潜り込んでみた」


得意げによしおが答えた。


俺は頭を抱えた。


「よしお..それは危険だ。もう絶対にやめてくれ」


「でも兄者、僕にも何かできるはずだよ!」


よしおが必死に訴える。


俺はため息をつく。


「わかった。でも、これ以上の深入りはダメだ。約束してくれ」


よしおは無言で抵抗を示している。


「おまえの助けが必要な時は、俺から連絡するから。匿名のコンタクトポイントを教えておいてくれ」


「わかったよ..兄者..よくわからないけど..気をつけてね」


しぶしぶ承諾したよしおが32桁の文字列を残して画面から消えた。


「よしお..君?だっけ」


澪さんが何か聞きたそうにしている。


俺は手短に説明した。


「通称よしお、本名は知らない。高校生で、驚異的なハッキング能力を持つ。信用できる奴だとは思う」


「まあ、味方が増えるのは良いことよね。高校生なら、できるだけ巻き込みたくないけど」


澪さんが言った。


「俺が思うに、ほっておいたら自分から巻き込まれにくる。それなら、安全に巻き込んでやったほうが良いかもしれない」


本心からそう思った。そういう奴だった。


よしおが消えたシェルターには、言いようのない余韻が残った。間抜けなアバターと異常な緊張感のギャップを、俺と澪さんはこのあとしばらく持て余した。

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