第14話:疑念の播種
2049年9月、俺と澪さんは西村さんのつてで転がり込んだ雑居ビルの地下シェルターで、エターナル・ソサエティへの反撃作戦を進めていた。2030年以降に建てられたビルには原則、地下シェルターの設置が義務づけられてたが、当然のことながら普段は全く使われてない。俺たちが居る地下シェルターもその一つで、窓はないものの、出入り口には暗証ロックがあり安心で、なにより空調やシャワー、キッチンなど、最低限の生活環境が整っていた。
澪さんはSNSでライフコードへの疑念を高める工作に地道に勤しんでいる。俺は彼女の横でその様子を見守っていた。
画面を覗き込むと、いったいいくつあるのか分からないほどのアカウントを使って書き込みを行っている。アイコンも美少女のアニメ風から学者のような顔写真まで実に多様だ。驚いたことに、中にはすでに数万のフォロワーを獲得しているアカウントもあった。
「すごいですね」
俺は素直に感嘆の声を上げた。
澪さんは少し得意げに笑った。
「社会心理学に基づくコツがあるのよ」
そう言って、彼女は詳しく説明し始めた。まずは、工作を行うクラスターを定める。そして、そのクラスターのインフルエンサーに取り入る。クラスターと整合的な意見を投稿し続け、インフルエンサーの投稿には1分以内に賛同の意見をつける。すると高確率でフォローバックされ、投稿を拡散してもらえる確率も高まるという。
「一旦クラスター内に入ってしまえば、同調を得ることは容易になるわ」
澪さんは続けた。
「特に『みんな思ってることだけど』『みんな気づいてることだけど』とクラスターの総意っぽく言えば、支持を得やすいの」
「あとは、『匂わせ』とかね。食事の写真に左手の評価値が写り込むことがあるでしょう?そんな写真を探してきて評価値を+700にして、それとなく投稿するの。結局、みんな評価値を気にしてるから、この人実はすごい人かもと思ってもらえる。フォロワー数も引用の数も全然違ってくるわ」
澪さんの手際は見事だった。いくつものクラスターに入り込み、時に自分の経験として、時に他人の経験を検索して引用することで、「もしかしたら、ライフコードの数値って正しくないのでは?」という疑念を広げていく。
「この国の人は公正性に敏感なの。誰かがズルをしていることが許せない。特定の人物や企業が優遇されているのでは、という疑惑は拡散されやすいわ」
俺も試しに「ライフコードの評価システムには誤謬がある可能性が高い。類似の事象に対する評価値の変化を統計的に解析すると、標準偏差や歪度が不自然に高い」と投稿してみたが、1時間経っても2つしか評価が付かなかった。
「…樹くん」
澪さんは閉口した。
「自分が書きたいことじゃなくて、みんなが読みたいことを書くのよ」
「なるほど」
その瞬間、俺はちょっと怖くなった。俺は澪さんを信頼している。しかし、彼女にとってそれは計算づくのことで、俺の心は操作されているのではないか。そんな疑念が頭をよぎった。
「いやいやいやいや」
俺は慌てて自分の考えを打ち消した。澪さんを信じることは、この作戦の大前提だ。そして、俺の心の支えでもあった。
「私が信じられなくなった?」
澪さんが俺を見つめる。その目には少し寂しさが混じっているように見えた。
「いや、あの、少し」
俺はバカだ。動揺して口走ってしまった。
「実は私のこと、あまり知らないもんね、樹くんは」
澪さんがそう言って、少し間を置いた。それから、自分の生い立ちを話し始めた。
地方都市のごく普通の家庭に生まれ、高校生の弟がいること、飼い犬のこと、高校時代に読んだSF小説をきっかけに倫理や社会思想に興味を持ったこと、父親が格闘技マニアで自分もジムに通っていたことなど、今まで知らなかった彼女の一面を次々と教えてくれた。
俺は純粋に嬉しかった。信じる、信じないの問題ではなく、澪さんのことをひとつひとつ知ることができる。そう感じているうちに、いつのまにかくだらない疑念は消えていた。
「すみません、変なこと考えて」
俺は素直に謝った。
澪さんは優しく微笑んだ。
「大丈夫よ。お互いのことをもっと知ることは大切だもの」
その言葉に、俺は心から同意した。二人で力を合わせ、この困難な状況を乗り越えていく。そのためには、お互いのことをもっと知っている必要があった。
「それに、社会心理学では、二人だけの秘密を共有することは、相手の信頼感を高めるために有効とされているの」
澪さんはいたずらっぽく言った。
「もうマジで!止めてくださいって!」
取り乱した俺の頭を澪さんが撫でた。まるで飼い犬のようだ。
「さあ、続きをやりましょう」
澪さんが言った。俺たちは再びSNSの画面に向き合った。ライフコードの真実を広めるため、そしてエターナル・ソサエティの陰謀を暴くため、今夜も長い闘いが続く。
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