第13話:真実への糸口

翌日、指定された昔ながらの喫茶店「宮瀬」に俺と澪さんが到着すると、そこには白髪混じりの男性が一人、古びたテーブルに座っていた。初老というには目つきの鋭い、どこか陰のある男性だ。その姿は、かつての栄光と現在の苦境が入り混じったものだった。


「君たちが真島くんと橘さんかね」


男性が俺たちを見上げる。その視線には、希望と警戒が混ざっていた。


「はい」


俺が答える。俺の声にはわずかに緊張が滲んでいた。


「西村さん...ですよね」


西村恭平(にしむら きょうへい)。かつてはこの国で最大発行部数を誇る新聞社の大物記者として調査報道で名を馳せた人物だ。しかし今では、なぜか主要メディアから干され、フリーランスとして細々と活動を続けていた。


「まあ座ってくれ。何か頼むか」


西村さんが促す。


「じゃあ、アイスコーヒーと」


俺が澪さんを見る。


「ホット・ティーを」


澪さんがそういうと、西村さんは若い店員を呼んで注文を伝える。


「君たちの行動には興味深いものがあってね。特に、評価値がマイナスまで落ち込んでいるのに、まだ諦めていない点がね」


店員が去ると、西村さんは「-800」と赤字で表示された自身のデバイスを俺たちに見せながら言った。西村さんが俺たちの評価値を知っているはずはない。それは、記者としての勘と推量であり、また的確なものであった。


俺と澪さんは静かに席に着く。喫茶店の柔らかな照明が、俺たちの緊張した表情を優しく照らしていた。


「私も同じだ。ライフコードについて調べていたからね。そして、私は主要メディアから排除された。それが何を意味するのか…」


西村さんは続ける。彼の声には、長年の経験に裏打ちされた確信が滲んでいた。


「ライフコードには何か大きな秘密が隠されている。そして君たちは、それに気づいてしまった」


「その通りです」


俺は真剣な表情で答える。


澪さんが西村さんに問いかける。


「ライフコードは誰かに操作されています。でも、その目的も、誰が背後にいるのかも全く分からないんです」


西村さんはしばらく黙って俺たちを観察していたが、やがて決心したように口を開いた。その瞬間、喫茶店の空気が一気に緊張感に満ちた。


「心当たりはある」


彼は声を潜める。その声は、緊張感に満ちていた。


「エターナル・ソサエティという名前を聞いたことがあるかね?」


俺と澪さんは顔を見合わせたあと、ゆっくり首を縦に振る。


「それは、表向きには存在しない秘密結社だ」


西村さんは続ける。彼の声は、その言葉の重さを物語るように低く沈んでいた。


「政財界に影響力を持つ少数の人間が集まり、AIを使ってこの国の行く末を操っているという」


「そんな...」


澪さんが絶句する。彼女の顔には、驚きと恐怖が交錯していた。まさに「陰謀論」の世界だ。半年前までの俺たちなら相手にしなかっただろう。


「信じがたい話だが」


西村さんは真剣な表情で言う。


「私の古い知人で財務省にいた男が、以前、その存在を匂わせていたんだ。彼なら、もっと詳しいことを知っているかもしれない」


俺は考え込む。俺の頭の中で、断片的な情報がつながり始めていた。


西村さんはメモを取り出し、「斎藤蓮」と書いた。


「...以前、ニュースで見たことがあります。でも、確か、汚職疑惑で失職したんじゃ...」


西村さんは苦笑する。


「ああ、表向きはね。しかし、あれは彼を黙らせるための陰謀だったんじゃないかと、私は睨んでいる」


「彼に会えますか?」


俺は食いつくように聞く。俺の声には、真実に近づく期待と焦りが混じっていた。


「難しいな」


西村さんが首を傾げる。彼の表情には、かすかな迷いの色が浮かんでいた。


「彼は今、世間から姿を隠している。しかし...」


西村さんはしばらく考え込んでから、メモにコンタクトIDを書き加えた。


「これが彼の連絡先だ。私から話を通しておこう。会えるかどうかは分からないが、君たちの話なら聞いてくれるかもしれない」


俺と澪さんは顔を見合わせた。表情が明るくなる。


「そうだ、あと、もし会えたら、君たちにあるものを渡すよう頼んでおこう」


西村は自身の考えを整理するように、何度か頷いた。


俺は西村さんに感謝の言葉を述べ、メモを受け取った。その小さな紙片が、俺たちの運命を大きく変えるかもしれないという予感が、俺の心を占めていた。


西村さんと連絡先を交換した後、喫茶店を出た俺と澪さんは、人気の少ない午後の街を歩きながら、これからの作戦について話し合った。エターナル・ソサエティ、斎藤蓮、そしてライフコードの真の目的。全てが繋がり始めているような気がしていた。しかし同時に、俺たちはより大きな危険に近づいているという予感も感じていた。


「樹くん」


澪さんが静かに呼びかけた。


「私たち、本当に大丈夫かな?」


澪さんが、珍しく不安げな表情を見せていた。


俺は澪さんの目をまっすぐ見つめ、力強く答えた。


「大丈夫」


だが、すぐにトーンを変えた。


「...とは言えません。残念ながら」


強がってもしかたがなかった。


「でも、俺たちには、真実を明らかにする義務がある。たとえどんな危険が待っていても」


その言葉に、澪さんは小さく頷いた。俺たちの周りを行き交う人々は、皆左手首のデバイスを気にしながら歩いている。その光景が、俺の決意をより一層強くした。

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