第二話 鏡くんは見た
手に持っていたスマホを慌てて背中側に回して振り返ると、扉の鴨居に手をかけてこちらを訝しげに睨んでいる
身長は百八十センチくらいと高身長で、校則で許されている金髪の長髪が吹き抜ける風で肩で揺れている。いくつ開けてるのかってくらいピアスをつけてるし、切れ長の目は触れるもの皆傷つけるぞと言わんばかりに目つきが鋭い。
一見するとモデルみたいな小顔で、一部の女子からモテたりしてるけど騙されちゃいけない。たまに登校しても終始機嫌が悪いし、私のことよく睨んでくるしで……正直新しいクラスを受け持ってまだ一月程しか経ってないけど既に苦手意識が芽生えている。
要は怖いのよ。学生時代にもガラの悪い子とかいたけどさ、基本的にノータッチだったから免疫ないのよ。
「先生、ニヤニヤしながら独り言喋ってたみたいだけど、なにか良いことでもあったの?」
「べ、別にニヤニヤなんてしてなくてよ? それでは後ほど。オホホ……」
気が動転するあまり、何処ぞの令嬢みたいな口調になってしまったのは置いとくとして、一刻も早く教室から出ていこうと鏡くんの隣を横切ろうとしたその時――ガシッと、突然手首を掴まれると顔を近づけられて、「コウくんって誰?」と囁かれた。
バッチリ聞かれとる。教育に携わる大人が教室で一人、マッチングアプリで出会った男性の名前を呟いて薄気味悪く笑ってる姿を見られとる。
なんという危機感の欠如。まさか独り言がダダ漏れになってただなんて気づきもしなかった。しかも、相手はあの鏡くんジャマイカ――こんな恥ずかしい
「な、なんのことかしら?」
「いや、ハッキリと聞こえてたからね。スマホ見ながら可愛い可愛いって連呼してるの廊下まで聴こえてたし。で、誰なの? コウくんって。この画面に映ってる人?」
「え、あ、ちょ、勝手に見ないで!」
捕らえられていた手首を上に持ち上げられると、握りしめていたスマホを奪われて画面に映っているコウくんの写真を見られてしまった。これはあまりにも恥ずかしい……今すぐ窓から飛び降りてやろうかなと本気で思うくらいには。
「この男、先生の彼氏?」
「そ、そそそんなんじゃないわよ。いいからスマホを返しなさいってコラァ!」
スマホを取り返そうと手を伸ばすも、身長差が二十センチほどある為、シャンプしても手の届かない高さに上げられて文字通りお手上げ状態だった。
教師の尊厳も威厳もありゃしない。なんだか暗い学生時代にも似たような事をされた記憶が蘇る。……ウッ、頭が。
「ふーん。先生ってこういう男性がタイプなんだね」
「鏡くんに関係ないでしょ。生徒が先生をからかうんじゃありません」
「そんなつもりはないけど、本当にこの男、先生のこと好きなの? どうせマッチングアプリとかで出会った男でしょ? この写真も本物かどうかわからないじゃん」
「う……でも毎日やり取りしてるし、私の外見も好きだって言ってくれてるもん! そもそも鏡くんにそこまで言われる筋合いなんてないし!」
いつの間にかプライベートな内容を漏らしていることにも気付かず、感情的になって声を荒らげると、ショックを受けたみたいに表情を暗くして腕を下ろした。
不良らしからぬ落ち込んだ態度に、胸が若干痛んだものの隙を逃さずスマホを取り返すことに成功すると、「誰にも言わないように!」と釘を差して今度こそ教室を後にした。
あ〜どうしよ……。本当に鏡くんが黙ってる保証なんて何処にもないしな〜。
少しずつ生徒の姿が増えてきた廊下を、スリッパの底を鳴らしながら早足で歩く。声をかけられて挨拶を返している間、頭の中はどうやって鏡くんの口を封じるかでいっぱいだった。
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