喪女で生き遅れな私が推しているコンカフェの女装男子がまさかの教え子でした
きょんきょん
第一章 日下部萌の二律背反
第一話 物思いに耽る喪女
「う〜ん。清々しい朝ね」
大きく伸びをして深呼吸をすると、窓の外を鳩の
窓を開け放つと薄雲の先に青空が広がり、ふいに吹き込んできた一陣の風がカーテンを大きく波立たせる。新しく水を入れ替えた花瓶の中で、白い花を凛と咲かせる
その様子を私――
柔らかな朝陽に照らされる立姿は、穢れなき純白のウェディングドレスを身に纏った女性のように、可憐で美しい。そんな芍薬の花言葉は〝幸せな結婚〟。
「幸せな結婚、したいよなぁ……」
教師生活も今年で十年目。同級生の多くは結婚して、子どもを
つい先程まで清々しいと思っていた気分は、直ぐに曇天に覆われる。姉夫婦の間に産まれた甥っ子なんて、この前生まれたばかりだと思ってたら、いつの間にか反抗期真っ只中の小学六年生になってただなんて、未だに信じられないし信じたくない。
「あの可愛かった甥っ子が、今ではお年玉を強請る時にしか愛想を見せない俗物に成り下がってしまうとはね……」
周囲が私を置いて次々と結婚していくことに、これまで〝負い目〟は感じても〝羨望〟を抱くことはなかった。〝私も結婚したいなぁ〟と思うより、〝私を置いて結婚するな〟と
男性経験なんて一度もないし、特にしたいとも思わない。二次元に恋することはあっても、三次元の世界は私にとって恐怖でしかない。故に青春のすべてを〝オタ活〟に捧げてきたと言っても過言ではなかった。
推しを愛し、推しを愛で、推しの為ならたとえ火の中水の中。有限の時間と有限のクレジットカード上限額を自分のためだけに費やし、自由気ままに人生を謳歌してきた。
「それがなあ……まさかあんな目に遭うなんてなあ……マジで許さないぞ」
そんな呑気な生活を送っていた私のもとに、先月届いた一通のラインが状況を一変させた。若かりし頃に、一生涯独身を貫くと酒を飲み交わした友人から久しぶりに連絡が届いたと思ったら、開けてびっくり玉手箱。
「結婚しました」のメッセージに添えて、海外で撮影された
青い海を
しかも挙式は既に終えた後で、私には事後報告ときたもんだ。そもそも結婚以前に彼氏がいたことすら聞かされてなかったんだが。中学から大学まで一緒だったし、腐女子仲間として深い絆で結ばれてると思ってたんだが気の所為だったみたいだな!
「だいたいさ、仕事だと割り切ってるならともかく、三次元の男性なんて会話するだけでもごっそりライフポイント持ってかれるのよ」
結婚なんて無理ゲーすぎるって……。神様、もう少し喪女にも優しいゲームバランスに調整してくれませんかね?
指先で花弁を突きながら、返事をすることのない相棒に心境を吐き出しているとポケットの中で、マナーモードのスマホが震えた。
✽
「おっと、もしや……」
教室内に誰もいないことを確認して取り出すと、画面に表示されていた通知を見て思わず顔が
「もう、コウくんったら今日も可愛さが
近頃乾燥気味で、スマホが反応しない指先で文字を打ち込むと返信する。すぐに既読がついてスタンプが返ってくる。
今日もおはようの挨拶とともに送られてきた天使の一枚を、コツンと突くと自然と薄気味悪い笑みがこぼれてしまう。
萌え袖の部屋着にコーヒを淹れたマグカップを片手に持ちながら、見事な角度の上目遣いでカメラ目線を決めていらっしゃる愛しのコウくんに、すっかり心が奪われていた。
散々結婚したいとか実際は無理ゲーとかほざいていたけど、実は親友から手痛い裏切りにあった後、むしゃくしゃして登録したマッチングアプリでコウくんと知り合った。
プロフィール欄には、二十代半ばで一流商社に勤める営業マンと記されていた。実際に仕事中に撮影されたと思われる写真が複数送られてきた。
趣味は読書にカフェ巡りで、私も読書(主に薄い本)は好きだし、カフェ(主にコンカフェ)は好きである。趣味が一緒って素晴らしい。
特技は料理で、これまた多国籍な手料理を作れるのだとか。仕事もできて趣味は同じで料理は作れて、かつ好みどストライクのワンコ系男子なんて、この世に本当に実在するもんだな。
「ほんと可愛いよなあ……グフフ」
グフグフ笑いながら御尊顔を眺めていると、油断しきっていた私を驚かすように教室の扉が突然開いた。
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