第七話 〜夢か現か①〜
「おかしい……一体何が起こってるんだ?」
何故だか一糸纏わぬ姿で目覚めると、ベランダから小鳥が戯れる呑気な鳴き声が聴こえる。薄い遮光カーテンを透過する陽の光が、いつの間にか綺麗に片付けられている部屋を淡い黄色に染めあげていた。
ゴミを捨てるのも億劫で、汚部屋と化していた床には
ゴウンゴウンと、浴室から聴こえる洗濯機の音。溜まりに溜まった洗濯物を自分で洗濯した記憶なんてない。ついでに昨晩の記憶も綺麗サッパリ消え去っている。
キッチンから小気味いいリズムで包丁を鳴らす音が聞こえるが、詩姉ちゃんが例の如く掃除しに来てくれたのだろうか。だとしたら、怒りの鉄拳で速攻叩き起こされるのがテンプレなんだが……。
枕元に綺麗に折り畳まれて置かれていた部屋着のジャージ――高校の頃のを今でも着てる――に袖を通す。
「姉ちゃん? 寝てる私を起こさないなんて今日は槍が降るんじゃな……は?」
酒臭い息で欠伸をしながら声を掛けると、第一声に罵声が飛んでくるかと思いきや――キッチンに立っている人物を目にした瞬間に心臓が止まった。
「おはよう萌さん。二日酔い大丈夫? 一応朝食作ったんだけど、良かったら一緒に食べない?」
「な、な、な、なんで!?」
お湯を沸かす程度にしか使わないコンロの前に、金髪ロングヘアーで
『ナンデ、ウチニ、オシガイルノ?』
頬をつねって夢か確かめてみるも、ただヒリヒリと痛むだけで鍋から立ち昇る味噌汁の香りに、食欲が失せていた胃袋が掌返しで空腹を訴える。五感で感じる全てが、眼の前の光景を夢幻ではなく
一体何が起こっているんだ? 未だに状況が理解できないんだが。どうして
「……えっと、ミラちゃんだよね? どうしてウチにいるのかな?」
恐る恐る尋ねると、味噌汁をかき混ぜていた手がぴたりと止まる。
「なんでって、本当に覚えてないんですか? 昨晩のこと」
なにその意味深な台詞は――。それって大概やらかした後の発言じゃないですか。
「本当にごめんだけど、何も覚えてないの。そもそもだけど、どうして私裸だったの? もしかしてだけど、もしかしてだけど……ヤッたりしてないよね?」
とんでもない質問だと自覚はしてるが、なにせ
昨晩の記憶は殆ど頭の中から欠落しているし、辛うじて覚えているのはデートをドタキャンされた腹いせに、居酒屋で一杯引っ掛けてから行きつけの〝コンカフェ〟に立ち寄ったところまで――。
そこからどうやって自宅にたどり着いたのか、頭の中に
※しばらく脳内で緊急会議が行われます。ツッコミ役は不在なのでご容赦ください。
【萌A】
「緊急事態だ。どうやら私たちは酔いに任せて重大な過ちを犯したらしい」
円卓に座るのは日下部萌を形成する精神体。普段あらゆる意思決定は彼等の協議のもと下される。今回の議題のテーマは「いかに穏便に済ませるか」である。
【萌B】
「なんてことだ……救いようのない喪女でオタクだとは思っていたが、まさか性犯罪に手を出すほど落ちぶれるとはの」
【萌C】
「待ってよ。まだ何も事実は明らかになってないじゃないか。揃ってるのは全て〝状況証拠〟のみなんだし」
【萌D】
「ヒヒッ、Cの言う通りでやんす。日本の司法は〝疑わしきは罰せず〟がモットー。むしろ意識が朦朧としてるところを襲われた可能性だってありますぜ」
【萌E】
「そんなのあり得ない! 日下部萌が手を出したならまだしも、私たちが知ってるミラちゃんが犯罪行為に手を染めるわけないのは皆
【萌A、B、C、D】
「「「「確かに」」」」
【萌F】
「あのさ、あーし難しいことはよくわかんないけど、客観的に考えたら泥酔した萌を自宅まで連れ帰ってくれたんたんじゃない?」
【萌A】
「……確かにFの言うとおりだ。我々は自分の身可愛さのあまり、大事なことを見落としていたかもしれない。推しが萌の醜態を見るに見かねて、しかたなく自宅まで送り届けたという仮説が一番可能性が高いと思われる。よし、これにて評決は下された。日下部萌は潔く謝罪するべし!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます