第20話 事情を話す1
ガーディナー家の別荘から帰ってき、シャロンは自室でほうと息をついた。
(無事戻ってこられたわ)
一時は、本当に死ぬかと思った。
シャロンとクライヴは廃屋から姿が消えたりしていなかったと、ルイスもエディも話していた。
だからあれはシャロンが見た夢なのだ。
(夢で良かったわ!)
自分が転生者だとクライヴに語ってしまっていたし、現実だったらおかしな目で見られるところである。
しかし、心の片隅で気にかかっていたシャロンは、母方の実家に向かう馬車の中、同行してくれているクライヴに、なんとなく声をかけたのだった。
「クライヴ」
「はい、なんでしょう、お嬢様」
「わたくしたち、この間廃屋で倒れたでしょう?」
「ええ。森の中で迷いましたね」
「そうよね。わたくしあなたと森で……え?」
シャロンは瞠目する。
(彼、今なんて?)
言葉を失うシャロンに、クライヴは視線を返す。
「洞穴に入って。そこでお嬢様は話してくださいました。今が二度目の人生だと。この世界は『乙女ゲーム』だと」
シャロンは頬が引き攣った。
あれは夢なはず。実際あったことではない……。
だがシャロンの思考をよんだように、クライヴは続けるのだ。
「お嬢様、夢ではありません」
「で、でも……っ」
混乱しながら言い募る。
「わたくしたち、廃屋から出てはいなかったわ……!?」
「はい」
クライヴは首肯する。
「それで俺も不思議に思っていたのですが。今実際あったことだったのだとわかりました。お嬢様にも俺にも、森での同じ記憶があります」
まっすぐにこちらを見てくる彼に、喉の奥が詰まる。
(夢じゃないの……?)
でもそんな。
自分は前世について話してしまった。
もし夢でなければ、病院送りになる……。
そんなの嫌である。
「あなたの夢とわたくしが見た夢は違うと思うの」
「お嬢様は転生し、二度目の人生を送っているんですよね」
なんとか言い繕わないと。
「そ、そんなことあるわけないわ!」
「前世はニホンという国で暮らしてらっしゃって、ジンジャの階段から落ち、十五歳で亡くなり」
シャロンは息を呑み込んだ。
彼は静かにシャロンを見つめる。
夢だと思っていたのに……!?
クライヴはシャロンが話した内容を全部知っている。
シャロンは眩暈を覚えた。
夢でなかったのだとしたら、ごまかすのは不可能かもしれない……。
はあ、と深く息を吐き出す。
森でもう亡くなると思って口にした。
仕方ない……。
すでに話してしまったのなら、腹をくくるしかない。
「……そうよ。わたくしは二度目の人生を送っているわ」
シャロンは開き直って認めた。
「わたくしの頭がおかしくなったと思うでしょうけれど」
両親に相談されてしまうかも……。
「あのとき、正直俺にはよく理解できませんでした。内容が内容でしたので」
「そうよね」
「今もよくわかっていません。よければ、もう一度お伺いできないでしょうか」
「忘れてもらえるとありがたいわ」
そして誰にも話さないでもらいたい。
レインズ公爵家の令嬢は頭が変なようだ、ということは彼の中だけでとどめておいてもらいたかった。
「本当のことなのでしょう? 稽古後、どうかお聞かせください」
シャロンは諦めの境地で、あとで彼に話すことを了承した。
◇◇◇◇◇
「──では、この先、お嬢様は地獄をみると」
「そうよ」
稽古後、屋敷に戻って、彼と離れに行った。
誰にも聞かれないよう、ここでクライヴに事情を話すことにしたのだ。
万一誰かが来たときのために、勉強しているフリをしている。
「今後現れるゲームのヒロインが、攻略対象の四人の誰か、もしくは全員と結ばれてくれなければ大変なことになるの。わたくしは死亡するし。世界も滅びることがある」
何を考えているのかわからないが、クライヴの表情は変わらない。
(きっとわたくしの頭、本格的におかしいと思われている!)
仕える家の令嬢だから、表には出せないのだろう。
しばらく黙っていた彼は唇を開いた。
「俺にはお嬢様のおっしゃるゲームというものからして、イマイチわからないのです」
まあ、そうか。
この世界の人間には想像つきにくいかもしれない。
「ええとね……物語みたいなものと考えて。本の物語のような感じ」
シャロンはひとつひとつ説明していった。彼はなんとなく想像してくれたようだ。
「俺たちは物語のなかに出てくる登場人物なのですね」
シャロンは頷く。
「うん。でもあなたは登場していないのだけれどね……」
「俺はゲームが始まる前に、死んでいるのでしょうか」
「違うわ、そうではないわ」
だが、ひょっとすると。
──亡くなっているのかもしれない。
これほどの美少年がなぜ登場していなかったのか、それで説明つくではないか。
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